異世界に来て10年、伝えられないままの片想い

番外編:婚約時代② ふたりでいる理由——重ねた時間の中で

公園で作ってきたお弁当を食べ終えてから、人目がないことを確認して、バルスの袖をそっと引く。

腕の中に入れてほしい、という合図。

バルスはすぐに気づいて、ふっと笑い、私の体を引き寄せてくれる。

背中から抱きしめられて、そのまま力を抜いて体を預けた。

あの日以来、私は前よりもずっとバルスに甘えるようになった。

ミレーヌさんたちには、ずいぶん甘やかされているわねと冷やかされる。

原因は、完全に私だ。

ここ最近、彼と会うたびに、こうして腕の中で甘えきって、そのまま眠ってしまう。

気づけば、自分の足で家に帰った記憶がない日もある。

きっと、困らせている。

分かっているのに、結局、誘惑に負ける。

今日も、気づけば腕の中に収まっていた。

婚姻式まで、あと2週間。

買い物のついでに、久しぶりに公園でお昼を食べていた。

しばらくして、バルスが口を開く。

「家族そろって婚姻式に出ると、姉貴から手紙が来た」

「本当ですか? じゃあ、お子さんたちにも会えるんですね。楽しみです」

まだ見ぬ義理の姪と甥に、思いを巡らせる。

5歳と3歳。

きっと、可愛いだろうな。

「それと……すまないな。本当は家族と師団長夫婦だけで、という話だったのに。騎士団の連中も何人か出ると言い出してな」

少し困ったように、息をつく。

「もう、謝らなくていいですよ。私は大丈夫です。それより、バルスが嫌なんですよね?」

「あぁ。どうせ、あとで茶化される」

本当に嫌そうな顔に、思わずくすっと笑ってしまう。

そのまま腕の中で体の向きを変えて、正面から抱きつく。

その瞬間、胸の奥がふっとほどけた。

ここ最近、同じ夢ばかり見ていた。

――また、離れる夢。

理由もなく、不安だけが残る夢。

私はバルスの胸に頬を寄せながら、左手の薬指に光る指輪を見つめる。

前の指輪はネックレスにして、今も身に着けている。

その指輪に、バルスの手が重なった。

「……もう、一緒に住むか」

ぽつりと落ちた言葉に、思わず顔を上げる。

そのまま軽く口づけられて、強く抱きしめられた。

「格好つけて、結婚式の後にするなんて言うんじゃなかった」

苦笑まじりのため息。

その言葉に、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。

「うん……早く、一緒に住みたいです」

「そうか。じゃあ――」

「でも、ここまで待てたから。あと2週間くらいは、我慢します」

「我慢などしなくていいと言っているだろう?」

「幸せな我慢ですから。それに……もう、この場所は私のものですし」

言った瞬間、恥ずかしくなって、彼の胸に顔を埋める。

バルスは小さく笑って、

「当たり前だ。ミドリはオレのものだ」

と、髪を撫でてくれた。

その手の心地よさと安心感に包まれて、意識が少しずつ遠のいていく。

――大丈夫。

もう、離れない。

そんな確信だけを残して、私はそのまま眠りに落ちた。

♢♢♢♢♢♢♢♢

「こんなところで寝るな。風邪をひく」

何度か声をかけても、返ってくるのは曖昧な返事だけだった。

起こすのを諦めて、持ってきていたショールで包み直し、腕の中に抱き上げる。

先ほどの会話を思い出して、思わず苦笑する。

我慢が限界に来ているのは、むしろ自分の方だ。

格好つけるんじゃなかったと、この短い期間で何度思ったことか。

あと2週間。

それだけ耐えれば、ミドリは伴侶になる。

そう思うと、自然と口元が緩む。

これからは、帰ればミドリがいる。

それ以上の幸福を、バルスは知らなかった。

腕の中で安心しきって眠るミドリを見下ろして、小さく息をつく。

最近は、こうして眠ることが増えた。

正直、何の我慢比べなのか分からない。

それでも――

この重みを、手放す気はなかった。
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