黒弁護士は夜咲く桜を独占する~過保護な愛に溶かされて~
そう口にして言い聞かせないと、張り詰めた糸は今にも切れそうだった。

他の人も帰りひとり残って仕事を続ける。

「夏初」

唐突に後ろから抱きしめられ、身体が固まった。
けれどよく知った香りに包まれ、力が抜ける。

「声をかけたけど返事がないから、心配した」

ぎゅっと一回、力を入れて抱きしめ直したあと、彼――晴貴さんは私を離した。

「なんで晴貴さんがここに?」

椅子を回して彼を振り返る。
晴貴さんは軽く、向かいの机に腰かけた。

「採用の件で連絡したが、既読がつかなかった。
鳥越からの連絡で夏初の状態聞いて、心配になって来たんだ。
状況が状況だし、万が一のことも考えて夏初の顔を見るまで生きた心地がしなかったよ」

困ったように彼が笑い、そういう想定をされていたのだと気づいた。

「ごめんな、さい」

私から酷く、鼻の詰まった声が出る。

「夏初が謝ることじゃない。
本当に生きててくれてよかった」

そっと彼が私の髪を撫で、涙が出そうになったがどうにか耐えた。
今、泣いたらきっと私はもう、立てなくなる。

「心配してくれたのは嬉しいですが、不法侵入ですよ」

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