【完結】王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜

15.新しい優秀な侍女

急な異動の理由は今、考えるべきことではない。昇進なのだから素直に喜べばいいだけ。
それよりも大切なのはクローナの気持ちだ。

「クローナは彼のことを心から愛しているのでしょう?」
「は‥い…、愛して…ます」

嗚咽混じりの言葉だったけれど、クローナの想いは十分過ぎるほど伝わってくる。


それならば私は優しい彼女の背中を押すだけだ。

クローナは三年間も私のために時間を無駄にした。隣国へ一緒に行かない選択肢もあったのに『行きたいです』と自ら手を上げてくれたのは、私を守ろうとしてくれたから。

これ以上は甘えるつもりはない。
だってクローナのことが大好きだから。

 誰よりも幸せになって。
 

「ねえ、クローナ。私は弱くはないわ。王宮での生活はまだ快適とは言い難いけれど、それでもなんとかなると思っているの。だって隣国でだってなんとかなったもの。覚えているでしょう?嫌がらせをされた時のこと」
「はい、忘れたことはありません」

あれは隣国に着いてすぐの頃だった。屋敷を監視している騎士の一人が柵越しに汚い言葉を投げつけてきた。
反応しては負けだと思い聞き流していると、その態度が面白くなかったのだろう。

『そこの侍女、ただで済むと思うなっ!お前の命なんて誰も気にしやしない』

私を守るように盾になるクローナに向かって罵声を浴びせてくる。さすがのクローナも怒鳴りつけられるなど初めてのことで、恐怖で固まってしまう。
私は微笑みながらその騎士に近づいていった。

『あら、弱い者いじめがお好きなんですね』
『なんだとっ。人質のくせに偉そうに――』
『そう人質です、でも王妃です。あなたよりは身分が上です。これ以上くだらない話を続けるのなら、私にも考えがあります。敗戦国の王妃といえども命と引き換えに無礼な騎士の処罰を望むくらいの力はあります。……あなたにはその覚悟がおありですか!』
『……た、ただの冗談だっ』

その騎士が屋敷の監視につくことは二度となかった。
これが効果があったのかは定かではないけれど、クローナの中では私の武勇伝になっている。


――なんだって覚悟さえあれば出来る。

クローナが近くにいなくても幸せならそれでいい。


「いざとなったら被っている猫を脇に置くわ、あの時のように。だから私は大丈夫よ。幸せになって、クローナ」
「ジュンリヤ様ーー!」

涙でぐしゃぐしゃになった顔のままクローナは私に抱きついてくる。
私は安心させるように『心配しないで』と彼女の背中を撫でる。

「……心配です、ジュンリヤ様の本気は迫力がありますから」
「ふふ、では怖がらせすぎないように手加減するわ」

いつものクローナが戻ってきた。嬉しくて私もいつものように軽い口調で言葉を返す。

「でも、でも絶対に無理はしないでくださいね。我慢できなくなったら逃げてください。約束です!」
「約束するわ。無理だと思ったらクローナの新婚生活を邪魔しに行くから覚悟していてちょうだい」
「はい、いつだって邪魔してください。歓迎します、ジュンリヤ様」

おかしな会話だった。
邪魔を歓迎するとか、言っていることはめちゃくちゃだけれども、心はこれ以上ないくらい温かい。

 ふふ、私とクローナらしいわ。


「クローナ、結婚おめでとう」
「ありがとうございます、ジュンリヤ様」

笑いながら泣いているクローナ。
私もわざとらしいくらい大きな声を上げて一緒に笑った。

私達の別れに涙は相応しくない。
いつだって辛いことを笑い飛ばして乗り越えてきた。

――クローナの門出には笑顔しかいらない。


こうして侍女であり乳姉妹であり、私の友人でもあるクローナは王宮を去っていった。





その翌日。
クローナの代わりとなる侍女が私のもとに挨拶にやってきた。

「王妃様、エリと申します。本日より誠心誠意お仕えさせていただきます」
「これからよろしくね、エリ」
「はい、王妃様」

丁寧な挨拶に柔らかい物腰で第一印象は良かった。
新しい侍女は王宮内でも一二を争うほど優秀だと評されている者だった。
ただ一点だけ気になったのは、今まで側妃に仕えていたこと。

『あなたのような優秀な侍女は、側妃である私よりも身分の高い王妃様にお仕えなさい』と側妃から勧められ、私の侍女になることを決めたのだという。


何かを仕掛けてくるつもりだろうか…。

ここで彼女を私の侍女から外すことは簡単にできる。
でもそれをしたら『気難しい王妃』と新たな噂がまことしやかに流れることになるだろう。

それでは側妃の思うつぼのような気がした。

 それは避けたいわ。

何かをやられてから動けばいい。証拠があったほうが毅然と対処が出来るだろう。

覚悟してエリを受け入れた。
しかし彼女は評判通りの優秀な侍女で、自分から何かを仕掛けてくる幼稚な真似は一切なかった。

でもそれがかえって問題だった。


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