シンデレラ・ララバイ

番外編(沖縄編)

 
 
 
 
 
「ねえ、プールいつ行くのぉ」
「あ、そうだねパパに聞いてみよっか」

保育園からの帰り道、心が一花に拗ねるように言った。
何気なく話していた内容だったが、そういえば心が行きたいと言っていたことを一花は思い出す。
あれからしばらく徹の帰りも遅く、その話ができていなかった。

「パパに今日何時に帰るか聞いてみるね、心ちゃんから聞く?」
「うん!」

会話だけを切り取ると、まるで本当の家族だなと頭の片隅に思う。
徹と付き合うようになって、この先にはなにがあるんだろうとぼんやり思うことが増えた。

付き合ったら、普通はその先にあるのは結婚だ。一花も来年には三十一歳になるし、将来も見据えたい。結婚となれば、心がどう思うか、どんな関係性になるのか、いきなり先生から母になるというのは無理があるだろうし、問題は山積みのように思えてくる。

じりじりと焼けるような太陽を、日傘越しに感じる。
もう季節も七月だ。プールに行きたいと心が言ったら、きっと徹は全力で叶えてくれるはずだ。









「プール?」
「おっきいプール行きたいの」
「いいよ行こう、せっかくならお泊まりで行こうか?」
「え!」
「え!」
「じゃあパパが大きいプールがあるホテル、調べておくね!」
「うん!おっきいプール、パパも一花先生も一緒に入ろうね!」
「オッケー、じゃあプール調べておくね」
「やったー!」

心ちゃんが話したいことがあるそうです、というメッセージを受けて徹は早く仕事を切り上げてくれたようだ。

まさか泊まりで、となるとは思っておらず、一花も心の隣で、一緒に驚きの声をあげてしまった。

そうだった、あんまりそんな感じしないから忘れてたけど、この人は社長なんだった、とウキウキしているのが背中から分かるその後ろ姿を目で追いながら、心とお風呂に向かった。

え、待ってよ、全然考えてなかったけど、プールって水着っていうことでは?

一花は心と一緒に服を脱ぎながら腹の贅肉を掴んだ。
ぐにゅりと指の腹で摘むことができたそれは、徹の数々のお土産によるもので間違いがなかった。









「心、寝ました」
「ありがとうございます」

今日はお風呂は一花が、寝かしつけは徹が担当した。
静かにリビングに入ってきた徹は、ソファでくつろいでいた一花の膝の上に、頭を乗せて寝転がった。

「え」
「だめですか?」
「…だめじゃないです」
「色々してるのに、膝枕で恥ずかしがる一花さん可愛いです」
「うるさいですよ」

一花は見上げてくる徹から目を逸らし、先ほどまで見つめていたスマホの画面に再度視線を送った。膝にふわりとかかる徹の髪の毛が柔らかくて温かい。

「何見てるんですか?」
「え、ダイエットメニューを…」
「ダイエット?誰が?」
「私に決まってるじゃないですか」
「なんでですか?」
「だって、プールって水着じゃないですか…」
「もちろん」
「お腹のお肉が…痩せないと」
「え?どこがですか?」

心底意味が分からない、という顔をしながら、徹はちらりと一花の腹に視線をやった。そのままゆっくりと伸びてきた手が、腹を触ろうとしていることは明白で、一花は思わずその手を掴んだ。

「触らないでくださいっ」
「なんでですか?いつも見てますけど」
「ぷにぷにしてるって思ってました…?」
「全然。ていうかそんな観点で見てないですし」
「…どんな観点かは聞かないですけど」
「えー、教えますよ?」

大丈夫です、と返しながら、一花はスマホの画面に目を向けた。
とりあえず、タンパク質を取って、脂質と糖質を落としてみよう。鶏胸肉と野菜だ。そう思って幾つかのメニューをスクリーンショットで記録しておく。

徹がせっかく時間を作ってくれているのに、スマホばっかり見てしまっていたと気づき、目線を落とすと、徹もスマホで調べ物をしているようだった。スマホで仕事の連絡を返している時もあるので、それならば邪魔をしてもいけない、と一花が問いかける。

「仕事ですか?」
「いや、調べてました」
「あ、ホテルですか?」
「一花さんの水着です」
「えっ!?」
「どんなの着てもらおうかなぁ〜」
「自分で選んで買いますし!やめて!!」

何をさらりと言っているんだ、ヘンタイ社長め。
一花は徹のスマホに手をかけて奪い、電源ボタンを押して画面をロックした。

徹はわざとらしく頬を膨らまして拗ねているふりをしていた。
可愛くない、決して可愛いとか思っていない。一花は頭の隅にちらりとよぎった可能性を打ち消すように、徹に言った。

「私、水着の上に、ラッシュガード着ますからね」
「エッ!?」
「当たり前じゃないですか、ていうか一体型のやつにしますよ」
「お腹出ないんですか!?」
「…出ません」
「あっ、ヘンタイだなって思ってますね」

なんだかこのままだと変な流れになりそうだと思い、一花はおやすみなさい、と言って徹の頭に手をかけた。頭をずらしてそこから抜け出し、このまま寝てしまおうと歩き出す。

「一花さん、僕の部屋で寝ててくださいね」
「今日は自分の部屋で寝ようかなと」
「水着、勝手にいくつか頼みますよ?」
「なんですかその脅し!いくつもいらないですし!」

徹はソファから起き上がり、にこりと一花に微笑んだ。
そのまま一花の元まで足を進め、頭にぽんと手を乗せた。

「なにもしないですから」
「全然信じられません」
「黒の際どいのとか良いですよね」
「分かりましたから!!」

頭の上に乗せられた手が、一気に錘のように思えてくる。
だから嫌だったんだ、泊まりとなれば徹のテンションが高まる未来が見えるし、プールとなれば水着とか変なことを言い出すだろうなって思っていた。

そしてまんまと、水着と引き換えに一緒に寝ることになってしまって、どこまでも徹に振り回されているこの状況なのに、それが嫌ではない。

そして、本当に一花が嫌だと思うことはしないと分かるからこそ、その手を受け入れることしかできない。

「…仕事、頑張ってください」
「頑張れそうです」

ちゅ、と音を立てて軽いキスを一花にして、徹はにこやかにリビングから去っていった。書斎で仕事をするのだろう。

一花は軽いため息を吐きながら、徹の部屋で眠るために足を進めた。
水着と引き換えに差し出した今夜の居場所。
溜め息の数だけ、彼に甘やかされている自覚が、じわじわと体温を上げていった。
 
 
 
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