今日はここまで、ここから一緒に〜君と作る未来〜
第三章 守るべきもの
プロジェクトが佳境《かきょう》に入るころ、
わたしは自分の中に芽生えつつある感情に、
戸惑いを覚え始めていた。
快浬さんと話す時間が、単純に楽しい。
仕事の話だけでなく、
ふとした世間話の中で、
彼の意外な面が見えてくる。
「小さい頃から、キッチンが好きだったんですか?」
ある日、
ショールームで照明テストをしているときに、
わたしが何気なく尋ねた。
「好き、というより、〝風景の一部〟でしたね」
快浬さんは、
仮設のスポットライトを調整しながら答えた。
「父は仕事でほとんど家におらず、母はよく、キッチンで歌を歌っていました。料理をしながら、鼻歌みたいに」
「歌、ですか」
「ええ。母は、暁のショールームコーディネーターだったんです。お客様の前では、いつも完璧な笑顔で。けれど、家では時々、疲れた顔でシンクの前に立っていました」
手元のライトを少し下げ、影の出方を確認する。
「父は、〝暁のキッチンは、家族の笑顔をつくる場所だ〟と言っていました。でも、僕には、母が一人で皿を洗っている後ろ姿も、同じくらいに〝暁のキッチン〟に見えました」
わたしは、胸の奥がきゅっとなった。
「だから僕は、理想だけを語ることが怖いんです。笑顔の裏で、誰か一人が無理をしているかもしれない。そのバランスを、どうやって設計に落とし込むのか。ずっと考えてきました」
言葉の端々に、幼い日の記憶がにじんでいる。