黄金のレティシア ~献身的な令嬢でしたが日々のブラックな慈善生活に疲れてしまいましたので、そろそろ自分の幸せを考えたいと思います~
28 献身の魔法──ラカンside
「そうか。婚約……するのか」
「はい、ラカン殿下」
僕の前には恋敵……だった男、メルウィックが立っていた。
その彼が報告してきたのだ。レティシア・カーンと婚約すると。
「はぁ……。お前、僕の気持ちに気づいていただろ、メルウィック」
「……言葉にされない気持ちなんて、結局はないのと一緒ですよ、ラカン殿下」
む。と僕はその言葉に腹を立てる。
だが……そうなのだろう。
伝わると思っていた気持ちは、まったく彼女に通じていなかったんだから。
なんとも……。片想いとはそういうものかもしれないが、溜息が出る話だ。
「ラカン殿下。本当はね。貴方がレティとお似合いなら……今の殿下のように、俺も身を引くことは視野に入れていたんです」
「……ほう?」
それは意外だな。
誰にも渡さないつもりなのかと思っていたんだが。
「ということは……メルウィック。お前の目からは、僕はレティシアに相応しくないと思えた。……そういうことか」
「失礼ながら。はい、と申し上げます」
「教えてくれるか? どういうところが、と」
「そうですね……」
二人が婚約を決める前に一つ、事件があった。
それは僕のところにも報告が上がっている。
……犯人は貴族だった。
どうやら、それは、さる令嬢を娘に持つ伯爵家らしく、その娘は誰あろうメルウィックを慕っていたのだとか。
問題の伯爵もレティシアのことを狙っていた。
一人の女性として、じゃない。黄金を生む魔女としてだ。
娘の方の意向もあって、レティシアが傷物にされるところだったとか。
親子揃って、ろくでもない家門だったことが明らかになった。
幸い、新しい魔法を習得していたレティシアは自身の身を守れていたそうだ。
さらに激怒したメルウィックが……本気を出した。
本気を出したメルウィックは、さながら暴風雨のようだったらしい。
……うん。
この男が王家に仕える立場に甘んじる。それだけでパシヴェル王国にとって、王家にとって、利得だと言える。そんな有様だったらしい。
地獄を一人で作り出したとか。天才ではなく天災だとか。
あとで調査のために向かった者たちが、メルウィックが暴れた跡をそう評価していた。
その報告書を見れば、少なくとも彼に戦闘面で敵対しようとなどと考えることはないと。
力があるからと傲慢になるとか、王家に仇をなすなどもしない男だ。
陛下や兄上も、悪戯に彼に怯えたりはせず、飼い慣らす方向で落ち着いていると言う。
『万能の魔法使い』だった男は、今や『王国最強の魔法使い』と謳われ、その彼の逆鱗とは婚約者となる伯爵令嬢、レティシア・カーンである。
レティシア・カーンに手を出すな、だな。
……メルウィックの武力的な逸話は、実は僕の方で積極的に広めた。
彼がレティシアを守り、そばにいるつもりなら、その武勇が役に立つだろう。
少なくとも彼女を『金鉱山』として見て誘拐しようなどと考える輩は今後、そうそう出てきはしまい。
メルウィックは、これで甘さのない男だ。
見せしめに残酷なことが必要と判断するなら、やってみせるだろうしな。
「ラカン殿下は少しレティシアの気持ちを……蔑ろにされていたかと」
「僕がか? そう、だろうか」
「はい。といってもレティシアも言葉にはしませんでした。今だって彼女は、別にラカン殿下を恨んではいません」
恨み……。
「恨まれても……お前の目からはおかしくない。そんなことを僕がしていた、ということか」
「そうですね。言葉で……というのも正しいんですが。ラカン殿下には身をもって知っていただくのが一番かと思いまして」
「身をもって?」
「腹を割って話しましょう。ラカン殿下、同じ女性を好きになった俺たち『男の視点』で見れば……正直、黒髪・黒目のレティシア・カーンも魅力的でしたよね?」
「ん、んん。婚約者を前に答えづらいことを聞くな……」
まぁ、なんだ。
黄金の髪にエメラルドの瞳のレティシアが、惹かれるほど美しかったのは今ならば理解できる。
夜会での輝きは、メルウィックと共にいるからこその輝きでもあっただろうが。
……でも、黒髪のレティシアが美しくなかったかといえば、決してそんなことはなかった。
そもそも黒髪・黒眼の女性は、貴族にも平民にも普通にいるので、その色だけで魅力がなくなるはずがないのだ。
あとはもう慣れとか好みの問題だろう。
「まぁな。黒髪になってからの……レティシ……カーン嬢に見惚れたのが最初だ」
「はい。でも、それは俺たちからすればの話。レティは、自分の黄金の髪とエメラルドグリーンの瞳が好きでした。だからレティは、いくら黒髪と黒い瞳を殿下に褒められても、微妙で複雑な気持ちになるしかなかったんですよ」
「……そうか」
そこは確かにズレだな。
僕は褒めて口説いているぐらいのつもりでいた。
でも、レティシアにとっては『そんなことを言われても……』だったか。
「それで僕が身をもって味わえるというのは? 先日、夜会で言っていた新しい魔法の伝授とやらか?」
「はい、それです」
あの時、メルウィックは言っていたな。僕専用の魔法を授けると。
王国最強、万能の魔法使い、メルウィック・スワロウ。
そんな男に授かる専用魔法?
レティシアのことで色々とあるが、それに興味がないといえば嘘になる。
「ラカン殿下に捧げるのは【献身の魔法】です」
「献身の、魔法……?」
なんだろう、それは。とくに悪意はなさそうな名前だが?
てっきり恋仇の上、レティシアを苦しめていた僕に報いを与える魔法かと思ったが。
「レティの【黄金魔法】で無意識に行っていた『残留黄金』の原理を流用した魔法です。即ちそれは──生命力を代価にして他人に幸福を分け与える魔法」
む……。
「まさか、僕にも黄金が生み出せるようになるのか?」
ついに陛下や兄上が望んでいた魔法を開発したのだろうか?
「いいえ。黄金を生み出すのはレティの魔力だからできたことです。王族といえど、その再現は難しいでしょうね」
「では、献身の魔法とは?」
「傷を癒やす、病を治す、汚れを浄化して、清潔にする……。殿下の慈善活動に必要な出力を刻印として、貴方の身体に刻みつけます。その魔法行使にあたって消費されるのは殿下の魔力。必要以上に使おうと思うならば、生命力すらも捧げることが可能です」
「生命力を……」
かつてのレティシアと同じように。
「レティのように、素で生命力を代価に支払えるのも才能なんですよ。通常、普通の人間は、そこにリミッターがかかっている。だから火事場とか、九死に一生のタイミングでなければ、普通はそんなことなどできません」
「生命力を代価にできる魔法の刻印か」
魔法を伝授するということが、どういうことなのかと思っていたが。
そのようなやり方であれば、生来の才能ではない魔法を行使できるのか。
「それは僕のリミッターを外すということか? まさか、無意識でそうなるように?」
「いいえ、もちろん殿下の意思で、ですが。その手段が手に入るということです。生命力の枯渇と共に、殿下はレティのように髪や瞳の色を失い、体調も崩すでしょう。……そうなれ、とは申しません。ですが、ラカン殿下が今までレティに何を言ってきたのか。きっと、その時の彼女の気持ちは伝わるのではないかと思います」
「そう、か……」
つまり。
「僕はカーン嬢を追いつめていたんだな、メルウィック」
「……はい。きっと恋愛対象になる以前の話だったかと思います」
「……そうか……」
つくづく。
「僕は傲慢だったんだな……」
「王子なのですから。正しくもありました」
「いや……そうか。そういう面もあるのかも、な」
ただの貴族に生まれていれば。
平民にも生まれていれば、きっと今の僕じゃなかっただろう。
望む時はある。
だが、僕は生まれた立場で力を尽くすべきだろうな……。
第三王子だからこそできること、手が届くことは、やはりあるのだから。
「どうしますか? 授けますか?」
「……痛いのか?」
「んー。多少?」
「取り返しはつくか?」
「生命力を失いすぎなければ。どうか、常に貴方に意見のできる、貴方の身を案じる者をそばに置いておいてください」
「……普段はどうなんだ? 違和感とか」
「そこはこれから検証です」
王子を実験台にしようとするなよ……。はぁ。
「メルウィック。あまり魔法研究ばかりに気をやって、カーン嬢を蔑ろにするなよ。お前、そういうところがあるだろ」
「……俺たちの最も深い理解者の忠告を、謹んでお受けします」
「うん。そうしてくれ。カーン嬢……。レティシアを幸せにしてやってほしい。メルウィック・スワロウ。僕の気持ちはそれだけで救われるから」
「……はい。誓います、ラカン・パシヴェル殿下」
「うん」
じゃあ。
「では、その【献身の魔法】を僕に授けてくれ。どうしたらいいんだ? 魔方陣でも描くか?」
「この場でできますよ。ただ刻印を刻みますので、殿下の体にその刻印が残ります。服で目に見えない場所がいいですか? それとも敢えて目に見える方がいいですか?」
タトゥーのようなものか。どちらもどちらだな。
ただ、その魔法は僕の才能ではないわけだから、他者に確認できた方がいいだろう。
刻印があるから魔法を使えるのだということは隠さない。
王族が継ぐ魔法ということになってしまえば、僕の子たちが不幸になるかもしれないからな。
献身の刻印を必ず刻まなければならない、とか。そういうのはだめだ。
メルウィックも望まないだろう。レティシアだって。
その魔法は、メルウィックが彼女の気持ちを伝えたくて開発した魔法なのだから。
僕は甘んじて、僕だけでそれを受け止めるべきだ。
たとえ、それが……痛くて、つらいことかもしれなくても。
「腕に収まるなら、それで頼む」
「わかりました。では、刻んでもいい方の腕を出してください」
「ああ」
そして。
僕は万能の魔法使いに魔法を授かる。
……この力は、僕が救うべき民のために振るわれるだろう。
黄金の資金力には頼れないが、彼らのために今あるもので尽くすことができる。
「……ありがとう、メルウィック。婚約者と幸せにな」
「はい。ラカン殿下も……お大事に」
「ああ」
それからしばらく。僕は【献身の魔法】を大いに振るった。
魔力消費で済む分は何も問題はない。休めばなんとかなるからだ。
万能の魔法使いには及ばないまでも、慈善活動に特化した魔法においてはそれに匹敵する。
落ち込んでいた僕の評判は再び上がっていった。
新たな地区への慈善活動は控え目にしているが、民を犠牲にしたくはない。
そうして少しやりすぎてしまうと、僕の髪色や瞳の色も色褪せ始めた。
「……ああ」
なるほど。
僕は、これをレティシアに強いてきたのか。
それは恋愛に発展するどころじゃない。
話にすらならないだろうな。
「ラカン殿下! また無茶をなさって!」
「マール……すまない」
ガレス侯爵令嬢との仲は良好だ。
生命力を削って弱っている時にこうして面倒を見られるのは存外、心に響く。
……少し、メルウィックがレティシアに手を出すのを控えていた気持ちもわかった。
たぶん、男として好きな女性の弱みにつけいるような真似をしたくなかったんだろうな。
健康的な彼女に戻してから、改めて選んでほしい。
きっと、そう思ったに違いない。
だから、僕の下にいた時のレティシアには手を出さなかった。
プライドの高い男だ。ふふ。
「……なぁ、マール。君さえ良ければ、なのだが」
「なんですか。また慈善活動ですか?」
「いいや。……マール。良ければ……僕のパートナーに、なってほしい」
「──!」
はは。尽くしてくれる女性なんて、そうはいない。
大切にするべき相手を、時を、見誤らないように。
僕は刻印の刻まれた右腕と、色の変わった自身の髪に、そう誓うのだった。
「はい、ラカン殿下」
僕の前には恋敵……だった男、メルウィックが立っていた。
その彼が報告してきたのだ。レティシア・カーンと婚約すると。
「はぁ……。お前、僕の気持ちに気づいていただろ、メルウィック」
「……言葉にされない気持ちなんて、結局はないのと一緒ですよ、ラカン殿下」
む。と僕はその言葉に腹を立てる。
だが……そうなのだろう。
伝わると思っていた気持ちは、まったく彼女に通じていなかったんだから。
なんとも……。片想いとはそういうものかもしれないが、溜息が出る話だ。
「ラカン殿下。本当はね。貴方がレティとお似合いなら……今の殿下のように、俺も身を引くことは視野に入れていたんです」
「……ほう?」
それは意外だな。
誰にも渡さないつもりなのかと思っていたんだが。
「ということは……メルウィック。お前の目からは、僕はレティシアに相応しくないと思えた。……そういうことか」
「失礼ながら。はい、と申し上げます」
「教えてくれるか? どういうところが、と」
「そうですね……」
二人が婚約を決める前に一つ、事件があった。
それは僕のところにも報告が上がっている。
……犯人は貴族だった。
どうやら、それは、さる令嬢を娘に持つ伯爵家らしく、その娘は誰あろうメルウィックを慕っていたのだとか。
問題の伯爵もレティシアのことを狙っていた。
一人の女性として、じゃない。黄金を生む魔女としてだ。
娘の方の意向もあって、レティシアが傷物にされるところだったとか。
親子揃って、ろくでもない家門だったことが明らかになった。
幸い、新しい魔法を習得していたレティシアは自身の身を守れていたそうだ。
さらに激怒したメルウィックが……本気を出した。
本気を出したメルウィックは、さながら暴風雨のようだったらしい。
……うん。
この男が王家に仕える立場に甘んじる。それだけでパシヴェル王国にとって、王家にとって、利得だと言える。そんな有様だったらしい。
地獄を一人で作り出したとか。天才ではなく天災だとか。
あとで調査のために向かった者たちが、メルウィックが暴れた跡をそう評価していた。
その報告書を見れば、少なくとも彼に戦闘面で敵対しようとなどと考えることはないと。
力があるからと傲慢になるとか、王家に仇をなすなどもしない男だ。
陛下や兄上も、悪戯に彼に怯えたりはせず、飼い慣らす方向で落ち着いていると言う。
『万能の魔法使い』だった男は、今や『王国最強の魔法使い』と謳われ、その彼の逆鱗とは婚約者となる伯爵令嬢、レティシア・カーンである。
レティシア・カーンに手を出すな、だな。
……メルウィックの武力的な逸話は、実は僕の方で積極的に広めた。
彼がレティシアを守り、そばにいるつもりなら、その武勇が役に立つだろう。
少なくとも彼女を『金鉱山』として見て誘拐しようなどと考える輩は今後、そうそう出てきはしまい。
メルウィックは、これで甘さのない男だ。
見せしめに残酷なことが必要と判断するなら、やってみせるだろうしな。
「ラカン殿下は少しレティシアの気持ちを……蔑ろにされていたかと」
「僕がか? そう、だろうか」
「はい。といってもレティシアも言葉にはしませんでした。今だって彼女は、別にラカン殿下を恨んではいません」
恨み……。
「恨まれても……お前の目からはおかしくない。そんなことを僕がしていた、ということか」
「そうですね。言葉で……というのも正しいんですが。ラカン殿下には身をもって知っていただくのが一番かと思いまして」
「身をもって?」
「腹を割って話しましょう。ラカン殿下、同じ女性を好きになった俺たち『男の視点』で見れば……正直、黒髪・黒目のレティシア・カーンも魅力的でしたよね?」
「ん、んん。婚約者を前に答えづらいことを聞くな……」
まぁ、なんだ。
黄金の髪にエメラルドの瞳のレティシアが、惹かれるほど美しかったのは今ならば理解できる。
夜会での輝きは、メルウィックと共にいるからこその輝きでもあっただろうが。
……でも、黒髪のレティシアが美しくなかったかといえば、決してそんなことはなかった。
そもそも黒髪・黒眼の女性は、貴族にも平民にも普通にいるので、その色だけで魅力がなくなるはずがないのだ。
あとはもう慣れとか好みの問題だろう。
「まぁな。黒髪になってからの……レティシ……カーン嬢に見惚れたのが最初だ」
「はい。でも、それは俺たちからすればの話。レティは、自分の黄金の髪とエメラルドグリーンの瞳が好きでした。だからレティは、いくら黒髪と黒い瞳を殿下に褒められても、微妙で複雑な気持ちになるしかなかったんですよ」
「……そうか」
そこは確かにズレだな。
僕は褒めて口説いているぐらいのつもりでいた。
でも、レティシアにとっては『そんなことを言われても……』だったか。
「それで僕が身をもって味わえるというのは? 先日、夜会で言っていた新しい魔法の伝授とやらか?」
「はい、それです」
あの時、メルウィックは言っていたな。僕専用の魔法を授けると。
王国最強、万能の魔法使い、メルウィック・スワロウ。
そんな男に授かる専用魔法?
レティシアのことで色々とあるが、それに興味がないといえば嘘になる。
「ラカン殿下に捧げるのは【献身の魔法】です」
「献身の、魔法……?」
なんだろう、それは。とくに悪意はなさそうな名前だが?
てっきり恋仇の上、レティシアを苦しめていた僕に報いを与える魔法かと思ったが。
「レティの【黄金魔法】で無意識に行っていた『残留黄金』の原理を流用した魔法です。即ちそれは──生命力を代価にして他人に幸福を分け与える魔法」
む……。
「まさか、僕にも黄金が生み出せるようになるのか?」
ついに陛下や兄上が望んでいた魔法を開発したのだろうか?
「いいえ。黄金を生み出すのはレティの魔力だからできたことです。王族といえど、その再現は難しいでしょうね」
「では、献身の魔法とは?」
「傷を癒やす、病を治す、汚れを浄化して、清潔にする……。殿下の慈善活動に必要な出力を刻印として、貴方の身体に刻みつけます。その魔法行使にあたって消費されるのは殿下の魔力。必要以上に使おうと思うならば、生命力すらも捧げることが可能です」
「生命力を……」
かつてのレティシアと同じように。
「レティのように、素で生命力を代価に支払えるのも才能なんですよ。通常、普通の人間は、そこにリミッターがかかっている。だから火事場とか、九死に一生のタイミングでなければ、普通はそんなことなどできません」
「生命力を代価にできる魔法の刻印か」
魔法を伝授するということが、どういうことなのかと思っていたが。
そのようなやり方であれば、生来の才能ではない魔法を行使できるのか。
「それは僕のリミッターを外すということか? まさか、無意識でそうなるように?」
「いいえ、もちろん殿下の意思で、ですが。その手段が手に入るということです。生命力の枯渇と共に、殿下はレティのように髪や瞳の色を失い、体調も崩すでしょう。……そうなれ、とは申しません。ですが、ラカン殿下が今までレティに何を言ってきたのか。きっと、その時の彼女の気持ちは伝わるのではないかと思います」
「そう、か……」
つまり。
「僕はカーン嬢を追いつめていたんだな、メルウィック」
「……はい。きっと恋愛対象になる以前の話だったかと思います」
「……そうか……」
つくづく。
「僕は傲慢だったんだな……」
「王子なのですから。正しくもありました」
「いや……そうか。そういう面もあるのかも、な」
ただの貴族に生まれていれば。
平民にも生まれていれば、きっと今の僕じゃなかっただろう。
望む時はある。
だが、僕は生まれた立場で力を尽くすべきだろうな……。
第三王子だからこそできること、手が届くことは、やはりあるのだから。
「どうしますか? 授けますか?」
「……痛いのか?」
「んー。多少?」
「取り返しはつくか?」
「生命力を失いすぎなければ。どうか、常に貴方に意見のできる、貴方の身を案じる者をそばに置いておいてください」
「……普段はどうなんだ? 違和感とか」
「そこはこれから検証です」
王子を実験台にしようとするなよ……。はぁ。
「メルウィック。あまり魔法研究ばかりに気をやって、カーン嬢を蔑ろにするなよ。お前、そういうところがあるだろ」
「……俺たちの最も深い理解者の忠告を、謹んでお受けします」
「うん。そうしてくれ。カーン嬢……。レティシアを幸せにしてやってほしい。メルウィック・スワロウ。僕の気持ちはそれだけで救われるから」
「……はい。誓います、ラカン・パシヴェル殿下」
「うん」
じゃあ。
「では、その【献身の魔法】を僕に授けてくれ。どうしたらいいんだ? 魔方陣でも描くか?」
「この場でできますよ。ただ刻印を刻みますので、殿下の体にその刻印が残ります。服で目に見えない場所がいいですか? それとも敢えて目に見える方がいいですか?」
タトゥーのようなものか。どちらもどちらだな。
ただ、その魔法は僕の才能ではないわけだから、他者に確認できた方がいいだろう。
刻印があるから魔法を使えるのだということは隠さない。
王族が継ぐ魔法ということになってしまえば、僕の子たちが不幸になるかもしれないからな。
献身の刻印を必ず刻まなければならない、とか。そういうのはだめだ。
メルウィックも望まないだろう。レティシアだって。
その魔法は、メルウィックが彼女の気持ちを伝えたくて開発した魔法なのだから。
僕は甘んじて、僕だけでそれを受け止めるべきだ。
たとえ、それが……痛くて、つらいことかもしれなくても。
「腕に収まるなら、それで頼む」
「わかりました。では、刻んでもいい方の腕を出してください」
「ああ」
そして。
僕は万能の魔法使いに魔法を授かる。
……この力は、僕が救うべき民のために振るわれるだろう。
黄金の資金力には頼れないが、彼らのために今あるもので尽くすことができる。
「……ありがとう、メルウィック。婚約者と幸せにな」
「はい。ラカン殿下も……お大事に」
「ああ」
それからしばらく。僕は【献身の魔法】を大いに振るった。
魔力消費で済む分は何も問題はない。休めばなんとかなるからだ。
万能の魔法使いには及ばないまでも、慈善活動に特化した魔法においてはそれに匹敵する。
落ち込んでいた僕の評判は再び上がっていった。
新たな地区への慈善活動は控え目にしているが、民を犠牲にしたくはない。
そうして少しやりすぎてしまうと、僕の髪色や瞳の色も色褪せ始めた。
「……ああ」
なるほど。
僕は、これをレティシアに強いてきたのか。
それは恋愛に発展するどころじゃない。
話にすらならないだろうな。
「ラカン殿下! また無茶をなさって!」
「マール……すまない」
ガレス侯爵令嬢との仲は良好だ。
生命力を削って弱っている時にこうして面倒を見られるのは存外、心に響く。
……少し、メルウィックがレティシアに手を出すのを控えていた気持ちもわかった。
たぶん、男として好きな女性の弱みにつけいるような真似をしたくなかったんだろうな。
健康的な彼女に戻してから、改めて選んでほしい。
きっと、そう思ったに違いない。
だから、僕の下にいた時のレティシアには手を出さなかった。
プライドの高い男だ。ふふ。
「……なぁ、マール。君さえ良ければ、なのだが」
「なんですか。また慈善活動ですか?」
「いいや。……マール。良ければ……僕のパートナーに、なってほしい」
「──!」
はは。尽くしてくれる女性なんて、そうはいない。
大切にするべき相手を、時を、見誤らないように。
僕は刻印の刻まれた右腕と、色の変わった自身の髪に、そう誓うのだった。