黄金のレティシア ~献身的な令嬢でしたが日々のブラックな慈善生活に疲れてしまいましたので、そろそろ自分の幸せを考えたいと思います~

29 二人の結婚式

「レティシア……貴方、とても綺麗になったわね」
「ありがとうございます、お母様」

 メルウィック様が伯爵家にまた訪ねて来られるので、私は今、侍女の手を借りておめかしをしています。
 お母様はそんな私を見て褒めてくださいました。

 ふふ、なんだかとても嬉しいですね。
 私、今の自分がとても好きなので喜びもひとしおです。

「ああ、メルウィック様がもう来られたみたいよ」
「まぁ! 来るのがとっても早いわ。そんなに急がなくても私は逃げたりしないのに」
「ふふ、彼、きっと待ち切れないのよ、貴方に会うのが」
「お、お母様、もう……」

 私の頬がまた赤く染まり、それが鏡に映し出されます。
 なんとも……幸せですね。


 あの誘拐事件の時、正式にメルウィック様に告白されてから……あれよという間に私たちの婚約話が浮上して、決まりました。
 どうやらスワロウ侯爵家もカーン伯爵家も、どっちも『今か今か』『まだかまだか』と機会を窺っていたみたいです。

 カーン家は当然ですが、スワロウ家の方も私を離す気はまるでなかったそうで。
 気が引けるなぁとか、身分差があるなぁとか。
 私が悩んでいたのはまったくの無駄だったんですよねぇ。

「メルウィック様は……幼い頃から私一筋だった」

 と、改めて聞かされました。
 私が当時の記憶を失っていたのは、メルウィック様に記憶を封印されていたから。

 封印の理由は今ならわかります。
 子供心に『そうしたら面白そう』の一念(いちねん)だけで、ドラゴンまで生み出したんです。
 放っておけば絶対にどこかで事故を起こしていたでしょうね。

 それで犠牲になるのは私だけでは済まない。
 お父様やお母様、使用人たち、カーンの領民。
 そんな人たちを私は巻き込んでしまうかもしれなかった。
 あの場にいたのがメルウィック様だったから私も無事なだけです。
 魔法に憧れるだけなら彼と出会わなくても知った可能性があるので……。
 本当にあの時、会っていたのが彼でよかった。

 メルウィック様は、幼い私の記憶の封印だけでなく、力にも制限をかけ、彼がいない場所でも暴走しないようにと祈ってくれました。
 確かな魔法理論に基づいた制限ではなく、彼の純粋な祈り、真剣な願いによって構築された枷。
 だからこそ今まで、その封印は、なんの負担も私に与えませんでした。

 私が生命力の消費をし始めた時は、かなり焦ったのだと聞いています。
 もし、あの頃の私がメルウィック様の与えた制限を振り払って、生命力を消費する黄金を作り続けていたら……私の命はなかったかもしれない。
 過剰な出力に見合うだけの消費を私の生命力はまかない切れず、枯渇していたかもしれなかった、と。
 きっと私が健やかに育てたのは、幼い頃のメルウィック様のおかげですね……。


 幼い頃の思い出を一人で抱えたメルウィック様は、家に戻ると自分の気持ちをそのまま侯爵夫妻やお兄様に打ち明けたそうです。
 魔導の道に進みたいと。
 いつか私が魔法で暴走した時に、彼が完璧に止められるようになるのだ、と。
 私を守るために。それが当時からの彼の気持ちでした。

 当時の彼に、今の事態、つまり婚約者となるまでの計画はなかったようですが、侯爵夫妻には打算があったとか。
 私が何者かを調べ上げ、カーン伯爵領についても調査していたのだそうです。

 メルウィック様が三年前にお父様のもとへ現れて、たちどころに領地運営の成果を出していたのはそもそも長年の支援計画があってこそ、らしいのです。

 ……これ、説明されて初めて知ったのですけど。
 カーン領からの流通ルートが、メルウィック様と初めて出会って以降に、それとなく整備され続けていたんですよね。
 それはすべてスワロウ侯爵家の根回しによるものでした。

 スワロウ家は、別にカーン領の隣領とかではないわけですから、他家を巻き込んだ、かなりの遠回り作戦かと思います。
 それで領地間の交通の便がよくなったことで、領地で栽培した作物の出荷も負担少なく売りに出せるようになっていた。

 つまり、領地運営が今、上向きなのは間違いなくメルウィック様、そしてスワロウ侯爵家の影響ということ。
 ……もう本当に至れり尽せりとしか言えません。
 『こ、これが高位貴族……』と驚嘆する他ないですよね。
 本当に何年計画だったんでしょうか?
 もうそこまでしてくれるなら、さっさと婚約を申し込んでくれてもよかったのではありませんか?
 たぶん、私の気持ちはさておいて、カーン家としては断る要素がなかったと思いますし。

「いやぁ、秘密にしておいて裏から手を回すのが……楽しくてね?」

 とは、スワロウ侯爵様の言葉です。
 しゅ、趣味で領地の改革が上向きにされている……。
 私たちの、カーン伯爵家の代々の苦労とは、いったい?
 高位貴族、怖いです……。

「でも、ただでさえ爵位の差で気が引けていらっしゃるのに。こちらの厚意まで認識されちゃったらどうしても純粋な関係ではいられなくなるでしょう? 今の貴方たちみたいにはなれなかったと思うのよ。過程って大事だと思うわ」

 とは、侯爵夫人の言葉です。
 まぁ、そうなりますと一生、頭が上がらなかったですからね、私。
 今は違うのかといえば、かなり疑問ですけど。

 メルウィック様もそうですが、侯爵夫妻も、そういう関係はお望みじゃなかったそうです。
 もっと純粋に私たちが信頼し合えるようにと。
 まぁ、わかりますし、とてもありがたいことなんですよね。


 私は、きちんとメルウィック様と触れ合って、思い出して。
 彼のことを好きな気持ちを抱えて婚約を結ぶに至りました。
 ちょっと回り道をしていたような気もするけれど。
 この関係ならば、幸福な気持ちに浸れていい……って思います。えへへ。

「レティ、今日はお茶を飲んでから街に出かけようか」
「はい、メルウィック様」

 伯爵邸宅に来てくださったメルウィック様を迎え、四阿で一緒に紅茶を嗜みます。
 なんとも幸福なひととき、ですね。

「……レティ、名前」
「あっ」

 そう。
 メルウィック様は、私のことを『レティ』と愛称で呼びます。
 彼にしか許していない愛称呼びというものですね……。恥ずかしい。
 で、そんなふうに呼ばれるだけではありません。
 私の方も許された呼び名があるのです。
 それは幼い頃の短い思い出の中で培ったもの。

「め、メル……様」
「様は要らないよ、レティ。俺たち、婚約者同士なんだし」
「うぅ! ま、まだ慣れません!」
「あの頃は気軽に『メルくん』呼びしていたのになぁ」

 それ、いくつの頃だと思っていますか!?
 今の私は体付きも大人になった貴族令嬢なのです。
 恥ずかしいやら何やら……ふぅ。

「メル様! ……は、今日も伯爵領にいらっしゃって平気なのですか?」

 とりあえず押し流してみました。えへん。

「んー?」
「んー、ではなく。貴方、王宮魔術師団の第二師団長ですよね?」

 かくいう私もそこの所属なのですが。

「カーン伯爵家を継ぐのと両立できるかなぁ」
「それは」

 ちょっと厳しいですよね。お父様たちがまだ元気ならば平気ですけれど。

「今、正式に今後どうするかを話し合い中なんだよね」
「そうなのですね」

 伯爵領のためならば、職を辞して領地に来てもらう必要があります。
 代官を立てて任せれば王宮で仕事ということも、できはしますけれど。
 優秀な代官の当ては我が家にはありませんし。今の領地を他人に任せるのはちょっと。

 まず、カーン伯爵を正式に継ぐのは私ということになります。
 女伯爵(じょはくしゃく)というやつですね。
 そしてメル……様は、私への婿入り。メルウィック・カーンになります。
 立場は女伯爵の夫。となると領地運営の主導は私になるんですよね。

 もちろん、その場合の彼にも仕事はあります。
 仕事があるとか、そんな言葉で片づかないぐらいにあります。
 でも、領地では私ががんばり、彼は王宮でがんばる、という形が取れなくはないのですよね。
 王家はそう望んでいるでしょう。彼ほどの才能をタダでは他所に渡せません。

「メル様はどうしたいですか? 王宮で働き続けたくは……ありませんか?」

 どう考えたって条件は王宮の方がいいのです。
 私は身をもって、それを知っていました。

「いいや。俺はレティのそばにいられる方がいい」
「……っ!」

 こういうこと言うんですよね、メル様って。
 なんと言いますか。溺愛……されていますよね、私?
 顔が熱くなって困ります。ふぅ。

「で、では、メル様は王宮魔術師団を……抜けるつもりなのですか?」
「そのうちにね。でもすぐにじゃないよ。例のラカン殿下にした『魔法の伝授』技術について、今は研究しているところ」
「ああ、刻印魔法でしたね。あの魔法をかけることにリスクはないのですか? 私のように生命力を消費してしまうデメリットがあるとか」

 刻印魔法で誰でもメル様みたいな天才魔術師になれるとなると夢が広がりますよね。
 けれど、そんな簡単なことなら誰も苦労はしません。
 メルウィック様ほどの魔術師が量産できるとしたら、そこには重い代償が伴いそうな気がします。
 そう思っていましたら。

「あるよ」
「あ、あるんですか!?」

 それは初耳なのですが!

「だ、大丈夫なのですか? 無理をしていませんか、メル様!」
「ふふ、平気だよ。無理をしない範囲で、だったから」
「そ、それならいいのですが……デメリットとはどのようなことがあるのです?」
「うん。まず刻印を施す時に、俺の方の生命力を削るね」
「メル様!」

 この方、私にそれを(たしな)めておいて、ご自分はなさるのですか!?

「やっぱり生命力を消費するんじゃないですか!」
「大丈夫だよ、レティ。まだ、ラカン殿下にしか使っていないから俺は平気だよ」
「そ、それならいいんですが……いえ、まったくよくはありませんが……」

 枯渇まで追い込まなければいいのですよね。
 それならば時間を置き、療養すれば回復します。私のように。

「加えて、刻印魔法は俺の才能を譲り渡すような行為だ。ラカン殿下に刻印魔法を施してから、渡した魔法の出力分だけ、俺の魔力量(マナ)が下がっているのを感じるね」
「えっ、ええ?」

 それは、かなり重い代償ではありませんか?

「でも、いいんだよ。ラカン殿下なら悪用しないと確信できたから渡したんだし。ただ、陛下とか上の人が考えるような、俺の量産計画は無理だってことだね。俺を多人数に分けるような行為だから。 もう少し、デメリットの小さい形で使えないかを今、研究中」
「そうなのですね。なんだか私の【黄金魔法】みたいです」

 王家としては量産したいけれど、それが難しいとは。

「次に、問題はそれが結局は他人の魔法だってところかな。たとえば、相性が悪くて使えない。拒絶反応がある。そういう問題も起きそうだ」

 なかなか問題だらけですね?

「ラカン殿下には覚悟と信頼があったから施せたってことになるかな」
「そうですか」

 と。メル様と一緒にいると、いつも魔法のお話になってしまいますね。

「もう出かける? レティ」
「はい、メル様」

 そうして私は彼と手を取り合い、街へ出かけます。
 婚約期間中は、こうしてカーン伯爵領とスワロウ侯爵領で交互にすごすような日程ですね。
 その間に王宮魔術師団での進退について進めて……。


 あれよあれよという間に二年の時間がすぎていました。
 そして。
 迎えたのは私とメル様の結婚式です。

「……おめでとう、レティシア」
「はい、お父様。ありがとうございます」

 お父様がウェディングドレスに身を包む私の姿を見て、涙をにじませていました。
 ……まぁ、嫁入りじゃなくて婿入りなので、私は家を出ないんですけどね?
 それとこれとは別の話。
 人生の門出の一つであることに違いはありません。

 そして、お父様にエスコートされながら、私は新婦として教会に入りました。
 ヴェールの先には……新郎姿のメル様が。
 讃美歌と共に私は、ゆっくりと歩いていきます。

「レティ、とても綺麗だよ」

 ヴェールを避けながら、彼は私の目を見つめて、そう囁きました。
 神父様が誓いの言葉を読み上げていきます。
 メル様が私への生涯の愛を誓い、そして私も。

「貴方は、新郎・メルウィックを生涯、愛することを誓いますか?」
「──はい、誓います」

 祝福の音楽が奏でられ、互いに愛を誓い合いました。
 そして結婚指輪を交換します。
 黄金と白銀が絡み合ったリングに、エメラルドとサファイアが寄り添うように付けられた二つの同じデザインの結婚指輪。

「メル様……いえ、メルウィック様」
「レティ、レティシア。俺はキミを愛しているよ」
「私も貴方を愛しています」

 そうして私たちは誓いのキスを交わしました。
 これからも彼と一緒なら、どんな困難も乗り越えていけるでしょう。
 たくさんの人々に祝福されながら私は幸福を噛みしめます。

「レティ、今……キミは幸せ?」
「──はい! 私は、とっても幸せです!」

 きっと、これからもずっと!

   Fin
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