冷遇された闇王女は、隣国の王に愛される

誓い

 その夜、フォルテリアの街には、いつもと変わらない静かな夜が訪れていた。
 魔の森との境界に築かれた結界が、淡い光を帯びて街を包んでいる。

 その結界を、ルミナリアは王城の一室から感じ取っていた。
 目を閉じれば、光魔力の流れが手に取るように分かる。

 王城。
 街。
 そして、南都フォルテリアを守る巨大な光の結界。

 光魔力を持つ者は稀だ。けれど光魔力というものは、存外、世界中に満ちている。
 その全てをルミナリアは感じることが出来た。

「……あれが、フォルテリアの結界」

 ルミナリアは窓辺に立ち、遠くへ視線を向けた。視線の先には、見えぬところにあるフォルテリアの結界が、くっきりと見えるようだった。

 かの街の結界は強い。
 けれど。

「私なら、消せる」

 ルミナリアには分かっていた。
 すでに一度、フォルテリアの街の結界に満ちていた光魔力を、遠く離れたソレイユ光国から吸収したことがあるのだ。
 あの時より近い今、フォルテリアの結界に宿る光魔力を全て、吸収し、全て消し去ることが出来るだろう。

 ルミナリアは、ゆっくりと手を伸ばした。
 光魔力を意のままに操る。
 結界に宿った光魔力を全て、吸収した。
 
 フォルテリアの民たちは、この影響で、魔物の被害を受けるかもしれない。
 けれど、そんなことはルミナリアには関係がなかった。

 今、ルミナリアが願うのは、ただ一つ。

——ライラとルシアンが幸せになる未来を壊すこと、それだけだ。

 ライラが魔物になってしまえばいい。
 そうすればルシアンは再び彼女を失い、絶望するだろう。
 前世と同じように。

(けれど、それでも、今回も。……私を選ぶことはない)

 ルミナリアは自嘲するような笑みを浮かべた。

 ルシアンは、きっと前世(ルシス)の記憶を思い出した。
 それならば、きっと彼はルミアのしたことに気づくはずだ。
 そしてルミアを許さない。

(今回こそ、私を選んで欲しかった)

 けれど、切望した未来は、今回もこない。

(ならば、壊してしまいましょう?)

 再び、今世でルミア(ルミナリア)ルシス(ルシアン)は出会えたのだ。

(ならば、きっと、次も出会えるわ。次こそ失敗しない……)

 壊れたような笑みを浮かべて。
 ルミナリアは光魔法を使った。
 光に包まれた彼女の姿は、忽然とノクティラ王城から消えたのだった。

 ————

 その頃。
 ライラの部屋で治療していたルシアンは、違和感に眉間を寄せた。

(今のは、何だ?)

 確かに何かを感じた。
 けれど、それが何なのか分からない。

 嫌な予感がルシアンの胸を過ぎる。
 けれど、今は不確かな不安よりも、目の前のライラが大切だった。
 彼は、再び光魔力をライラへと流し始める。

「……っ」

 その直後、ベッドの上で、ライラの身体が僅かに震えた。

「ライラ?」

 ルシアンはライラの手を握っている両手に少し力を込めた。
 眠っているはずのライラが、眉を寄せていた。

 そして――ゆっくりと、その瞼が開いた。

「……ルシアン、様……?」
「ああ。おはよう、ライラ」
「私……また、ご迷惑をかけて……」

 ルシアンは「また謝った」といつもみたいに揶揄うように言おうかと迷って、すぐに、その思いを消した。
 今、目覚めたばかりのライラに、わずかでも責めるような言葉は使いたくなかった。
 
「君が目覚めて、良かった」

 代わりに、自然と口から溢れたのは、心の底からの思い。
 そんなルシアンにライラは少し困った風に笑った。
 
 そんなライラが何かに気づいたように南側の窓を見た。

「……何か……」

 ライラは胸元へ手を当てた。何か暗くて不吉なものが蠢いているような、そんな不安を感じて、目を凝らすように感覚を研ぎ澄ます。
 王城からは、遠く離れた南の方向に、その気配を感じた。

「……南の方で、何かが……」
「何か?」

 ライラは答えようと、さらに意識を研ぎ澄ます。

 フォルテリアの街の外、魔の森。そこに重苦しいほどの闇魔力があった。
 ライラの瞳が大きく見開かれた。

「……魔の森に、闇魔力が集まっています」

 ルシアンは息を呑んだ。魔物は闇魔力が集まり生み出されるという。
 だが最近は、その闇魔力をライラが無意識に吸収し、魔物の数は減っていた。
 
 ハッと気づいたようにルシアンはライラの闇魔力を見た。今、ライラの闇魔力は、湖ののように静かだった。いつもの彼女なら大量の河水を受け止める海のように周囲から闇魔力が流れ込んでいるはずだった。それが今、流れ込む闇魔力がルシアンでも分かるほどに少なくなっている。

(何が起きている?)
 
 その時、スッと音もなくカイルが現れた。静かにルシアンの足元で跪く。

「陛下。火急ゆえ、ご無礼をお許しください」
「許す。何があった?」
「フォルテリアの結界が、消滅いたしました」
「……被害状況は?」
「……魔物の姿はなく、被害はありません。先見に出した者の報告によると、魔の森に光の結界が現れたそうです」
「魔の森に……光の結界? ……ルミナリア王女か?」
「セレーヌ殿に確認をお願いしたところ、与えられた客室にルミナリア王女の姿は、ないそうです」

(何をするつもりだ……?)

 ルミナリアが消え、フォルテリアの結界が消え、魔の森に謎の結界が現れた。十中八九、全てルミナリアの仕業だろうが、彼女の目的がルシアンには計りかねていた。

(フォルテリアの結界を消すのは分かる。だが、魔の森に結界を張ったのは何故だ? 魔の森に魔物を閉じ込め、何をしようとしてる?)
 
 光属性は闇属性を消す。それを嫌がる魔物たちは光属性の結界を越えることはない。それが結界の基本的な考え方だ。
 だからこそノクティス王国では魔の森に程近いフォルテリアに結界を張り、ソレイユ光国は国全体を覆う巨大結界を巡らせているのだ。

 相手の動きが理解できない焦立ちに、ルシアンは拳を握り締めた。まずは、この目で確かめなくてはと立ち上がる。

「ライラ、俺は魔の森を見てくるよ」
「なら……私も連れて行ってください」
「駄目だ」

 優しいけれど、はっきりとした声でルシアンが拒絶する。信じてくれたライラを守れなかった悔恨が、彼の胸を支配していた。

「君は病み上がりだ。ここで待っていて欲しい」
「……嫌です。私の力がお役に立つことは、もう2度、証明してます。ルシアン様が私を守ってくれることも、同じ数だけ証明されています。現に私は今、生きてるじゃないですか。……どうか、今回も私を守ってください、ルシアン様」
「……君は」

(君は、そう思ってくれるのか……。俺は、君を守なかったと、思っていたのに)

 ライラが倒れるたびに守れなかったとルシアンは後悔し続けてきた。けれど、たとえ意識を失ったとしても、ライラは生きてルシアンに救われたと思ってくれていたのだ。

(……今度こそ、完璧に君を守りきる)

「君を守ると、約束するよ。けれど、決して俺の側を、離れないで欲しい」
「はい」

 誓うように宣言したルシアンにライラは微笑んで頷いた。
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