再会した冷徹上司は、私にだけ過保護です
第21話 お前の勝ちだ
「春ちゃん、お待たせ。これ、見てくれる?」
――年も明けて、1月も10日を過ぎた頃。
いつも通り編集部に遊びに来ていた日暮先生が、紙の束を渡してきた。
「これって……」
「うん。――完成したプロットだよ」
一瞬、編集部がしん……と静まる。
その後、にわかにざわめき出した。
「あ、あの日暮先生が、プロット完成までこぎつけた!?」
「すごい……小日向さん、何者なんだ……」
……私は普通に仕事してるだけなんだけどな……。
プロットを完成させられたのは、間違いなく日暮先生の実力だし。
そもそも、10年前に書いたものが今でも映画になるくらいの作品を書ける人だ。
むしろ、今まではただ眠っていただけなんじゃないかと思える。
「……プロット、拝見します」
私はゴクリとつばを飲み込みながら紙の束を開いた。
紙には、パソコンで印字した第1稿に、赤字でごちゃごちゃと日暮先生自身の修正が入っている。
その書き殴った文字を見るだけで、彼が真剣に作品と向き合っていたことがまざまざと感じ取れた。
「――すごい……」
前も1ページだけ原稿を見せてもらったときに思ったけど、やはり語彙を失ってしまう。
文章を読んだだけで、目の前に一陣の風と、それに乗って舞い踊る桜吹雪がリアルに感じられるのだ。
「どう? 僕はこのままで最高の作品になると思うんだけど」
「そう、ですね……。日暮先生はこのままで小説として出版したいんですもんね」
「うん。でも、春ちゃんが僕にも納得の行くように『作品』と『商品』を両立してくれるなら、それに従う」
――これは、責任重大だ。
私は未だ手の中にあるプロットの束に目を落とした。
……正直、先生の作品はこのままでも完成度が高い。
私が下手に手を加えれば、作品そのものが崩れるかもしれない。
冬馬先輩は、いつもこの玉稿を見て、修正案を出しているのか。
私は先輩の席を見る。
彼は、キーボードを叩く手を止めて、ずっと私を見ていた。
私は立ち上がって、まっすぐに先輩のデスクに向かう。
「――先輩。力を、貸していただけますか」
「……お前が、日暮先生を担当するんじゃなかったのか」
彼は灰色の目で私を見つめていた。
「お前が言い出したんだろう。『作品』と『商品』、両立する方法を探すと」
「はい。だから、先輩の『商品にしたい』視点がないと、これは完成しないんです」
「え。春ちゃん、約束が違わない?」
あっけにとられた日暮先生に向かって、首を横に振る。
「先生は、『納得の行くように両立してくれるなら、それに従う』って言いましたよね」
「氷室くんだと納得行かないから、春ちゃんを担当に変えて、これまで頑張ってきたんだけど?」
「私が、日暮先生と冬馬先輩の間に入ります。先輩は説明能力が独特なので、私が通訳します」
冬馬先輩は私の言い草に二度見していたが、私は構わず日暮先生に深々と頭を下げた。
「お願いします。……いい本にするために、ご協力願えませんか」
しばらく、編集部に沈黙が降りる。
やがて、日暮先生がこらえきれずに「……だははははは!!」と爆笑する声が聞こえてきた。
「――ッはぁ~。参ったな、降参だよ。春ちゃん、君、最初からこういう魂胆だったのかい?」
「いえ、今プロットを拝見して理解しました。私1人でこれを直すのは無理です!」
私は開き直ることにする。
「私、日暮先生の作品が大好きで、これに手を加えるのが怖いです。冬馬先輩と日暮先生の意見を聞いて、折衷案を出すのが私の役割かなって!」
「うーん、思い切りがいい」
「小日向……」
先輩はこめかみを押さえていた。
こうして、私と冬馬先輩、日暮先生でチームを組んで、協力しながら本を作り上げることになる。
「――小日向。お前の勝ちだ」
「別に私たち、勝負はしてませんでしたよね?」
「それでも、だ。お前がいたから、先生も協力する気になったのだろうし、俺も本が出せるのなら、それに越したことはない」
「はい。一緒に『可哀想じゃない本』、作りましょう!」
私は顔がほころんでいくのを感じた。
「それに、本当に私のおかげじゃないんです。先輩と日暮先生がいて、初めて完成するんですよ」
私はあくまで中継役でしかない。
本来、この原稿は先輩と先生が、二人三脚で作り上げようとしていたものだ。
だから、本当は、私が割り込む余地なんてなかった。
その後、私たち3人は、顔を突き合わせて、ああでもないこうでもないと議論を重ねる。
私が冬馬先輩の言いたいことを日暮先生に伝えれば、先生はやっと納得のいった顔をしていた。
そうして、やっと日暮先生は、原稿本文の執筆に取り掛かることになる。
「問題はここからだぞ、小日向」
「と、言いますと?」
「アイツは原稿の最中にもしょっちゅう失踪する。完成まで3年は見積もったほうがいい」
「嘘でしょ……ここから更に3年!?」
……私と先輩が、いかにして先生を監視するか、策を練ることになるのは、また別の話だ。
――年も明けて、1月も10日を過ぎた頃。
いつも通り編集部に遊びに来ていた日暮先生が、紙の束を渡してきた。
「これって……」
「うん。――完成したプロットだよ」
一瞬、編集部がしん……と静まる。
その後、にわかにざわめき出した。
「あ、あの日暮先生が、プロット完成までこぎつけた!?」
「すごい……小日向さん、何者なんだ……」
……私は普通に仕事してるだけなんだけどな……。
プロットを完成させられたのは、間違いなく日暮先生の実力だし。
そもそも、10年前に書いたものが今でも映画になるくらいの作品を書ける人だ。
むしろ、今まではただ眠っていただけなんじゃないかと思える。
「……プロット、拝見します」
私はゴクリとつばを飲み込みながら紙の束を開いた。
紙には、パソコンで印字した第1稿に、赤字でごちゃごちゃと日暮先生自身の修正が入っている。
その書き殴った文字を見るだけで、彼が真剣に作品と向き合っていたことがまざまざと感じ取れた。
「――すごい……」
前も1ページだけ原稿を見せてもらったときに思ったけど、やはり語彙を失ってしまう。
文章を読んだだけで、目の前に一陣の風と、それに乗って舞い踊る桜吹雪がリアルに感じられるのだ。
「どう? 僕はこのままで最高の作品になると思うんだけど」
「そう、ですね……。日暮先生はこのままで小説として出版したいんですもんね」
「うん。でも、春ちゃんが僕にも納得の行くように『作品』と『商品』を両立してくれるなら、それに従う」
――これは、責任重大だ。
私は未だ手の中にあるプロットの束に目を落とした。
……正直、先生の作品はこのままでも完成度が高い。
私が下手に手を加えれば、作品そのものが崩れるかもしれない。
冬馬先輩は、いつもこの玉稿を見て、修正案を出しているのか。
私は先輩の席を見る。
彼は、キーボードを叩く手を止めて、ずっと私を見ていた。
私は立ち上がって、まっすぐに先輩のデスクに向かう。
「――先輩。力を、貸していただけますか」
「……お前が、日暮先生を担当するんじゃなかったのか」
彼は灰色の目で私を見つめていた。
「お前が言い出したんだろう。『作品』と『商品』、両立する方法を探すと」
「はい。だから、先輩の『商品にしたい』視点がないと、これは完成しないんです」
「え。春ちゃん、約束が違わない?」
あっけにとられた日暮先生に向かって、首を横に振る。
「先生は、『納得の行くように両立してくれるなら、それに従う』って言いましたよね」
「氷室くんだと納得行かないから、春ちゃんを担当に変えて、これまで頑張ってきたんだけど?」
「私が、日暮先生と冬馬先輩の間に入ります。先輩は説明能力が独特なので、私が通訳します」
冬馬先輩は私の言い草に二度見していたが、私は構わず日暮先生に深々と頭を下げた。
「お願いします。……いい本にするために、ご協力願えませんか」
しばらく、編集部に沈黙が降りる。
やがて、日暮先生がこらえきれずに「……だははははは!!」と爆笑する声が聞こえてきた。
「――ッはぁ~。参ったな、降参だよ。春ちゃん、君、最初からこういう魂胆だったのかい?」
「いえ、今プロットを拝見して理解しました。私1人でこれを直すのは無理です!」
私は開き直ることにする。
「私、日暮先生の作品が大好きで、これに手を加えるのが怖いです。冬馬先輩と日暮先生の意見を聞いて、折衷案を出すのが私の役割かなって!」
「うーん、思い切りがいい」
「小日向……」
先輩はこめかみを押さえていた。
こうして、私と冬馬先輩、日暮先生でチームを組んで、協力しながら本を作り上げることになる。
「――小日向。お前の勝ちだ」
「別に私たち、勝負はしてませんでしたよね?」
「それでも、だ。お前がいたから、先生も協力する気になったのだろうし、俺も本が出せるのなら、それに越したことはない」
「はい。一緒に『可哀想じゃない本』、作りましょう!」
私は顔がほころんでいくのを感じた。
「それに、本当に私のおかげじゃないんです。先輩と日暮先生がいて、初めて完成するんですよ」
私はあくまで中継役でしかない。
本来、この原稿は先輩と先生が、二人三脚で作り上げようとしていたものだ。
だから、本当は、私が割り込む余地なんてなかった。
その後、私たち3人は、顔を突き合わせて、ああでもないこうでもないと議論を重ねる。
私が冬馬先輩の言いたいことを日暮先生に伝えれば、先生はやっと納得のいった顔をしていた。
そうして、やっと日暮先生は、原稿本文の執筆に取り掛かることになる。
「問題はここからだぞ、小日向」
「と、言いますと?」
「アイツは原稿の最中にもしょっちゅう失踪する。完成まで3年は見積もったほうがいい」
「嘘でしょ……ここから更に3年!?」
……私と先輩が、いかにして先生を監視するか、策を練ることになるのは、また別の話だ。