再会した冷徹上司は、私にだけ過保護です

番外編 仮眠室連行事件

「小日向」

「はい?」

 不意に氷室冬馬に声をかけられて、小日向春香は一瞬反応に遅れた。

「昨日から残業続きだな」

「だ、大丈夫ですよ!」

「目の下」

「へ?」

「隈ができてる」

 小日向は目の下を手で隠すように覆い、慌てて笑う。

「ちょっと寝不足なだけです!」

「何時間寝た」

「えっと……4時間くらい?」

「少ない」

「締切前はみんなそんな感じですし!」

 氷室は無言だった。
 小日向は嫌な予感を察知する。

「立て」

「へ?」

「仮眠室」

 嫌な予感、的中。

「だ、大丈夫です!」

「大丈夫じゃない」

「まだ原稿チェックが」

「終わらせた」

「え」

「俺が」

 逃げ場を潰された。

「とにかく私、歩けますから――」

 そこまで言った瞬間。

 ふわっ、と身体が浮き上がるような感覚と同時、 視界が揺れる。

「せ、先輩っ!?」

「……」

「な、何してるんですか!?」

 小日向は、氷室に俵担ぎされていた。

「私、歩けますって!」

「さっき廊下でふらついてた」

「気のせいです!」

「気のせいじゃない」

 ここは編集部。
 全員の視線が集まる。

「始まった」

「始まったわ」

「始まりましたね」

 順に、田島晴、犀川きらら、小泉唄子の台詞である。
 小日向の顔は真っ赤になっていた。

「せ、先輩っ! 私、歩けますから下ろしてください!」

「嫌だ」

「俵担ぎしないでください!」

「運びやすい」

「そういう問題じゃありません!」

 じたばたと暴れるが、どうしても氷室の肩から降りられない。

「編集部の皆さん見てますから〜っ!」

「見ればいい」

「ごめんなさい! 許してください!」

「許さない」

 即答である。

「なんでですか!?」

「無理した」

「うっ」

「疲れてるのに働いた」

「うっ」

「反省してない」

「ううっ」

 氷室に完全論破されながら、仮眠室まで連行された。
 到着し、ベッドにゆっくり降ろされる。

「1時間寝ろ」

「でも仕事が」

「起きてからやれ」

「でも」

「小日向」

 低い声。
 氷室は真剣な眼差しで小日向を見ていた。

「倒れるまで頑張るな」

 その一言で、やっと小日向は黙った。
 氷室はため息をついて毛布をかける。

「おやすみ」

「……はい」

 仮眠室のドアを静かに閉めて、氷室は編集部に戻った。
 田島がニヤニヤしているのを見て、眉をひそめる。

「いやあ、過保護っすねえ」

「違う」

「俵担ぎで運ぶ必要ありました?」

「効率的だった」

「効率?」

「暴れるから」

 田島が噴き出した。

 一方その頃、仮眠室の小日向。
 毛布にくるまりながら、氷室の言葉を脳内再生している。

 ――許さないって言われた……。
 でもちょっと嬉しかったかも……。

 氷室の「許さない」は、おそらく、「お前が自分を雑に扱うことだけは許さない」だから。
 小日向も、自分が大切にされていることは、なんとなくわかる。

 それはそれとして、5分後には寝たし、1時間後には「小日向春香、復活しました!」と元気に編集部に戻った。
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