再会した冷徹上司は、私にだけ過保護です
第9話 心がほどけた瞬間
「小日向さん、氷室くんとは距離を置きなさい」
――先生にそう言われたとき、私は周りの空気が凍りついたような感覚に囚われた。
私と冬馬先輩は、休日でも一緒にいることが多くなった。
最初のきっかけは、私の好きな小説が映画になったこと。
私の好きな小説は冬馬先輩も好きなことが多い。
「よかったら、今度これ見に行きませんか?」
私が映画館の公開予告チラシを見せると、彼は興味深そうに目を細めていた。
映画は面白かったし、見たあとで喫茶店で内容について談義するのも楽しい。
そこから、小説とは関係なくショッピングとか食事とか、私が先輩を連れ回すことが多くなる。
そのくらい、彼と過ごすのが心地よかった。
……想定外だったのは、それを目撃した人のことを考慮していなかった。
「春香って氷室先輩と付き合ってるの!?」
学校の昼休みに女子に詰め寄られて、お弁当の唐揚げを喉に詰まらせた。
女子たちは噂好きだ。
誰が目撃したのかは不明だが、休日に私と冬馬先輩が並んで映画館に入るのを見た人がいて、急速に噂が広まったらしい。
私は冬馬先輩に迷惑かけたなあ、くらいに思っていたが、事態はもっと深刻だった。
その日、担任の教師に私が呼び出された。
「小日向さん、氷室くんとは距離を置いた方がいい」
そんな内容のことを言われ、私は凍りつく。
先生は、冬馬先輩のことを相変わらず不良だと思い込んでいた。
「不良の氷室に、小日向が連れ回されている」
そんな風に誤解されていたらしい。
「違います! 先輩は不良じゃありません!」
私の主張が、人々の誤解を覆すことはない。
その日の放課後から、冬馬先輩が図書室に来なくなった。
窓際の席は空席になっている。
それを目で追うのは、寂しい。
『先輩ごめんなさい。ご迷惑おかけしました』
メッセージアプリで詫びを入れた。
先輩は既読をつけてくれるが、返信はない。
あ、これ、本格的に嫌われたかも。
『先輩、もう図書室には来ないんですか?』
『直接会って謝りたいです』
『ご迷惑なのは重々承知なんですけど……』
『……あの、怒ってますよね』
連投すると、先輩から一言。
『待て、返信考えてるからちょっと待ってくれ』
あ、既読無視じゃなかった。
少し安堵して、先輩からの返信を粘り強く待つ。
『まず、俺は怒っていないので、謝罪は不要だ』
先輩はポツポツとメッセージを送ってくる。
『迷惑をかけたのは俺のほうだ。本当に申し訳ない』
『図書室にも、もう行かない方がいいかもしれないと思っている』
『お前と過ごしていて、俺が不良と思われていることを考慮できていなかった』
『そんなことないです!』と慌ててスマホに文字を打ち込んだ。
『先輩が図書室に来なかったら、私が困ります!』
『なぜ』
『私、先輩と小説の話できなかったら、独りでブツブツ喋ってる変な人になっちゃいます! それでもいいんですか!』
先輩は少し時間を置いて『……それは……困るな……』と返してくれた。
返事に困らせるメッセージを送った自覚はある。
『私、先輩と一緒にいる時間、楽しいです! 先輩は私といても楽しくないですか?』
正直、「楽しくない」と言われたらそこで話は終わる。
『俺は、お前といる時間が心地いい』
そう返ってきたとき、「あ、この人、私と同じこと考えてくれてたんだ」と胸が熱くなった。
『じゃあ、周りの人がどう思ってても関係ないです! なんなら、私が舎弟になったとかにしてもいいです』
『それは本気でやめろ』
今思えば、先輩、不良と誤解されてるの嫌がってたから、これは良くなかったかも。
まあ、そんなこんなで、先輩がまた図書室に来るようになったので、これはこれで一件落着。
その後、私たちは、周りの生徒の冷やかしや教師の忠告などをまるっと無視して交流を続けた。
先輩が卒業するまで、この関係が続いたのだった。
……という過去があり、卒業後は先輩が東京の大学に進学してからは連絡を取っていなかった。
学生によくある自然解消なのだが、まさか同じ職場に来ることになるとは思ってもいなかった。
「あの頃、お前に『綺麗な髪ですね』と言われたのを、ずっと心の支えにしてきた」
――編集部での残業時間。
プリンを食べながら、冬馬先輩がポツリと呟いた。
そのプリンが、学生時代、先輩に奢ってもらったものである。
「……お前は、本当にずっと変わってないな」
「はい! 今も先輩の髪、綺麗です!」
私の言葉を噛み締めるように、先輩は目を閉じる。
私は密かに田島さんの言葉を思い出していた。
――氷室ちゃん、小日向ちゃんのこと大好きだよね。
確かに、冬馬先輩は私のこと、少なくとも嫌いではないと思う。
でも、それを好意に結びつけるのが、どうにも上手くいかない。
まさか、「先輩って私のこと、好きなんですか?」とは直接聞きづらいしな……。
「小日向」
「はい?」
「今度、これに付き合え」
先輩が差し出したのは、映画の公開予告チラシ。
タイトルは、私が最近読み直していた小説。
「あの、これ……」
「……お前が、高校時代に俺をよく誘っていただろう」
先輩の目は、無機質なのに、なぜか私には柔らかく見えた。
「まさか、お前がやってたことを俺が仕返ししたら嫌だ、というわけではあるまい」
「……はい! また小説談義、したいです!」
「元気になったようで何より」
先輩は満足そうに目を細めていた。
……それにしても。
高校の時は平気だったのに、今は胸がうるさい。
――先生にそう言われたとき、私は周りの空気が凍りついたような感覚に囚われた。
私と冬馬先輩は、休日でも一緒にいることが多くなった。
最初のきっかけは、私の好きな小説が映画になったこと。
私の好きな小説は冬馬先輩も好きなことが多い。
「よかったら、今度これ見に行きませんか?」
私が映画館の公開予告チラシを見せると、彼は興味深そうに目を細めていた。
映画は面白かったし、見たあとで喫茶店で内容について談義するのも楽しい。
そこから、小説とは関係なくショッピングとか食事とか、私が先輩を連れ回すことが多くなる。
そのくらい、彼と過ごすのが心地よかった。
……想定外だったのは、それを目撃した人のことを考慮していなかった。
「春香って氷室先輩と付き合ってるの!?」
学校の昼休みに女子に詰め寄られて、お弁当の唐揚げを喉に詰まらせた。
女子たちは噂好きだ。
誰が目撃したのかは不明だが、休日に私と冬馬先輩が並んで映画館に入るのを見た人がいて、急速に噂が広まったらしい。
私は冬馬先輩に迷惑かけたなあ、くらいに思っていたが、事態はもっと深刻だった。
その日、担任の教師に私が呼び出された。
「小日向さん、氷室くんとは距離を置いた方がいい」
そんな内容のことを言われ、私は凍りつく。
先生は、冬馬先輩のことを相変わらず不良だと思い込んでいた。
「不良の氷室に、小日向が連れ回されている」
そんな風に誤解されていたらしい。
「違います! 先輩は不良じゃありません!」
私の主張が、人々の誤解を覆すことはない。
その日の放課後から、冬馬先輩が図書室に来なくなった。
窓際の席は空席になっている。
それを目で追うのは、寂しい。
『先輩ごめんなさい。ご迷惑おかけしました』
メッセージアプリで詫びを入れた。
先輩は既読をつけてくれるが、返信はない。
あ、これ、本格的に嫌われたかも。
『先輩、もう図書室には来ないんですか?』
『直接会って謝りたいです』
『ご迷惑なのは重々承知なんですけど……』
『……あの、怒ってますよね』
連投すると、先輩から一言。
『待て、返信考えてるからちょっと待ってくれ』
あ、既読無視じゃなかった。
少し安堵して、先輩からの返信を粘り強く待つ。
『まず、俺は怒っていないので、謝罪は不要だ』
先輩はポツポツとメッセージを送ってくる。
『迷惑をかけたのは俺のほうだ。本当に申し訳ない』
『図書室にも、もう行かない方がいいかもしれないと思っている』
『お前と過ごしていて、俺が不良と思われていることを考慮できていなかった』
『そんなことないです!』と慌ててスマホに文字を打ち込んだ。
『先輩が図書室に来なかったら、私が困ります!』
『なぜ』
『私、先輩と小説の話できなかったら、独りでブツブツ喋ってる変な人になっちゃいます! それでもいいんですか!』
先輩は少し時間を置いて『……それは……困るな……』と返してくれた。
返事に困らせるメッセージを送った自覚はある。
『私、先輩と一緒にいる時間、楽しいです! 先輩は私といても楽しくないですか?』
正直、「楽しくない」と言われたらそこで話は終わる。
『俺は、お前といる時間が心地いい』
そう返ってきたとき、「あ、この人、私と同じこと考えてくれてたんだ」と胸が熱くなった。
『じゃあ、周りの人がどう思ってても関係ないです! なんなら、私が舎弟になったとかにしてもいいです』
『それは本気でやめろ』
今思えば、先輩、不良と誤解されてるの嫌がってたから、これは良くなかったかも。
まあ、そんなこんなで、先輩がまた図書室に来るようになったので、これはこれで一件落着。
その後、私たちは、周りの生徒の冷やかしや教師の忠告などをまるっと無視して交流を続けた。
先輩が卒業するまで、この関係が続いたのだった。
……という過去があり、卒業後は先輩が東京の大学に進学してからは連絡を取っていなかった。
学生によくある自然解消なのだが、まさか同じ職場に来ることになるとは思ってもいなかった。
「あの頃、お前に『綺麗な髪ですね』と言われたのを、ずっと心の支えにしてきた」
――編集部での残業時間。
プリンを食べながら、冬馬先輩がポツリと呟いた。
そのプリンが、学生時代、先輩に奢ってもらったものである。
「……お前は、本当にずっと変わってないな」
「はい! 今も先輩の髪、綺麗です!」
私の言葉を噛み締めるように、先輩は目を閉じる。
私は密かに田島さんの言葉を思い出していた。
――氷室ちゃん、小日向ちゃんのこと大好きだよね。
確かに、冬馬先輩は私のこと、少なくとも嫌いではないと思う。
でも、それを好意に結びつけるのが、どうにも上手くいかない。
まさか、「先輩って私のこと、好きなんですか?」とは直接聞きづらいしな……。
「小日向」
「はい?」
「今度、これに付き合え」
先輩が差し出したのは、映画の公開予告チラシ。
タイトルは、私が最近読み直していた小説。
「あの、これ……」
「……お前が、高校時代に俺をよく誘っていただろう」
先輩の目は、無機質なのに、なぜか私には柔らかく見えた。
「まさか、お前がやってたことを俺が仕返ししたら嫌だ、というわけではあるまい」
「……はい! また小説談義、したいです!」
「元気になったようで何より」
先輩は満足そうに目を細めていた。
……それにしても。
高校の時は平気だったのに、今は胸がうるさい。