あの日、青い海に君を置いてきた~「大丈夫」の先で君を失った。だから私は、今日も止める~

10 砂浜ランニング


ただし。
合宿は、楽しいことばかりではなかった。
砂浜ランニング。

これは、本当にきつかった。

朝六時。
起床。
顔を洗って、艇庫前の砂浜へ集合する。
東側の岬に向かって、弓なりに伸びる砂浜を走る。
歩くだけでも、足が砂に沈む。

それを見た私は思った。
――これで走るの?
――は?
――狂ってるの?

もちろん、そんなことを口に出せる雰囲気ではない。
体育会なのだ。

航平先輩が短く言った。
「行くぞ」
「瀬戸大、ファイト!」
「「オー!」」
「ファイト!」
「「オー!」」

朝日に向かって、みんなで走る。
景色だけなら、完璧な青春だった。

でも。
全然、前へ進まない。
一歩踏み出すたびに、足が砂へ沈む。
沈んだ足を引き抜く。
それだけで体力を奪われる。

蹴った力が、前へ進む力にならない。
砂浜には流木もある。
海藻も落ちている。
踏めば滑る。

足を取られれば、捻挫するかもしれない。
着地する場所にも気を配る。
波は、やさしく寄せては返していた。

海水をかぶったところだけ、砂の色が黒い。
私は走りながら心の中で叫んだ。
――航平先輩、もっと水際へ!

濡れた砂は締まっている。
乾いた砂ほど足が沈まない。
先頭を走る航平先輩が、少しずつ水際へ寄っていく。

――そう!
――そこ!
――最高!
濡れた砂、最高!

グラウンドほどではないけれど、ずっと走りやすい。
足を蹴れば、ちゃんと前へ進む。
私は必死で黒い砂を探した。
流木をよける。
海藻をよける。

そして、
「瀬戸大、ファイト!」
「オー!」

声を出しながら走る。

やがて折り返し地点へ着く。
そこで向きを変える。
帰り道には、さっき自分たちがつけた無数の足跡が残っている。

それをたどるようにして、艇庫へ戻る。
たどり着いたころには、全員が肩で息をしていた。

何人かが大きく遅れる日もあった。
砂浜ランニングは、見た目よりずっときつかった。

そこへ、艇庫二階の窓から食事当番が顔を出す。
「おかえりー!」
私たちが戻る時刻に合わせて、
テーブルを出し、
ご飯を並べ、
みそ汁を用意し、
ふりかけまで置いてある。

朝の砂浜ランニングを経験すると、
――食事当番、最高。
心からそう思った。

でも山さんだけは言った。
「俺は飯作るくらいなら、砂浜走ったほうがいい」
「本気?」
「本気」
麗子が笑った。
「言ってるだけじゃない?」
私たちも笑った。

◇◇◇

そして、いよいよ海へ出る。
< 20 / 25 >

この作品をシェア

pagetop