あの日、青い海に君を置いてきた~「大丈夫」の先で君を失った。だから私は、今日も止める~
3 入学式
今日は4月10日。
ナオはアンナと一緒に入学式の準備をしていた。
一年生の胸につけるピンクの花を、クラスごとに数えて箱に入れた。
せっかくだからと、取りやすいようにきれいに並べた。
アンナは礼服に身をつつみ、パールのネックレスをしていた。
いつも着ているピンクのエプロンはハンガーにかけてある。
けが人が来たら、エプロンを着て処置するつもりだろう。
「ナオさん、そろそろお花を受付に持っていきましょう」
「はい」
その時、がらっとドアが開いた。
教頭先生が困った顔で入ってきた。
「いやあ、信じられない。長い教員人生初めてですよ。
アンナ先生、困った生徒が入学してきましたよ。
ここに連れてくるので、お願いしますよ」
「え? どんな生徒です?」
「入学式なのに制服を着ないで、ジャージで来たんですよ」
「どういうわけで?」
「知りませんよ。買ってもらえなかったのかな。
保健室には卒業生が寄贈してくれた古い制服があるでしょ。
適当に着せてください。
あ、ちなみに女子です。
セーラー服あるでしょ?」
教頭先生は出て行った。
「ナオちゃん、セーラー服出そう。
手伝ってくれる?」
「あ、はい。
確か、いろんなサイズ、あったと思う」
何着か取り出して、ハンガーにかけた時だった。
教頭先生がその生徒と母親らしき人を連れてきた。
「ヒカルさん。時間までに着替えてくださいよ。
そして、会場に直接来てください。
時間ないんで」
ヒカルさんと呼ばれた生徒は、暗い目をしていた。
ジャージ姿で立ち尽くし、肩で息をしている。
後ろでおろおろする母親。
これが、ヒカルとの出会いだった。
アンナはセーラー服をベッドに置いた。
「養護教諭の安川アンナです」
「あ、ヒカルです」
「どうやら、セーラー服を着たくないようね」
「わかります?」
「さあ、どうしよう?」
「男子の制服なら着てもいいけど」
母親が後ろで手を振った。
「だめよ、そんなの。何言ってるの、ヒカル」
ヒカルはため息をついた。
アンナは手を打った。
「よし、じゃあね、入学式はこの保健室で行いましょうか。
ジャージのままで。
お母さま、いかがですか?」
「そうしてください。
男子の制服を着て、みんなにびっくりされるよりはましです」
アンナはメモを書いてナオにわたした。
「ナオさん、教頭先生に伝えて。
ヒカルさんは体調が悪いので保健室で入学式を行いますって。
念のため、このメモを渡してね」
「あ、はい」
ナオは小走りで出て行った。
母親を椅子に座らせ、
セーラー服を見えないところに置いた。
ヒカルは言った。
「母さんには1年前からずっと言ってきた。
ボクはセーラー服は、着ない。
スカートは、はかない。
中学校に行くときは、ジャージで行く」
「どうして?」
「先生、ボクは男なんだ」
母親は、ハンカチで目を抑えた。
「ヒカルの気持ちはわかるけど、
でも、制服があるでしょ。
学校のルールだから着なくちゃだめよ」
ヒカルは続けた。
「ボクは、中学から男として生きる。
学校では、トイレに行かない。
教室にも、行かない。
保健室で勉強する。
さっきのあの人みたいに」
「ああ、ナオさんね」
「保健室がダメなら、学校に行かない」
教頭先生が、メモを握ってナオと一緒に来た。
「わかりました。体調不良で保健室にいるんだね。
でも、明日からは制服着てこようよ。
女の子だろ? ええとヒカルさん」
「ボクは男です。
スカートははきません。
スカートだとか、セーラー服だとか
絶対に着なくちゃいけないんなら、死にたいです
教頭先生、スカートはけますか?」
「いやあ、わたしは無理だけど。
ほら、男だから」
「ボクも同じです」
「いやあ、そうはいっても、中学は3年間。
長い人生のちょっとの間だよ。
我慢って言葉、知ってる?」
「ボクには、今の問題なんです」
その時だった。
アンナ先生がピンクのエプロンを持ってきた。
「教頭先生、これ着てください」
「な、なんですか、アンナ先生」
「ピンクのエプロン、3年間着られますか?
長い人生のちょっとの間です」
「い、いやあ。ピンクは無理だねえ」
「ヒカルさんはそう言っているんです。
スカートは無理だって」
母親が泣きだした。
「先生、ありがとうございます」
膝から崩れて、床に座り込んだ。
「ヒカルを理解してくださって、ありがとうございます」
教頭先生は、ドアをバンと力いっぱい閉めて出て行った。
振動が消えるまで、沈黙が続いた。
アンナは言った。
「ヒカルさん、入学式が終わったら、1年の担任と学年主任に相談してみる。
あなたのことを守るから、もう死ぬなんて言わないで」
「それでは、今日は帰ります」
ヒカルは保健室を出て行った。
ナオがヒカルのジャージの胸にピンクの花をつけた。
「祝入学」の文字がひるがえった。
ナオはアンナと一緒に入学式の準備をしていた。
一年生の胸につけるピンクの花を、クラスごとに数えて箱に入れた。
せっかくだからと、取りやすいようにきれいに並べた。
アンナは礼服に身をつつみ、パールのネックレスをしていた。
いつも着ているピンクのエプロンはハンガーにかけてある。
けが人が来たら、エプロンを着て処置するつもりだろう。
「ナオさん、そろそろお花を受付に持っていきましょう」
「はい」
その時、がらっとドアが開いた。
教頭先生が困った顔で入ってきた。
「いやあ、信じられない。長い教員人生初めてですよ。
アンナ先生、困った生徒が入学してきましたよ。
ここに連れてくるので、お願いしますよ」
「え? どんな生徒です?」
「入学式なのに制服を着ないで、ジャージで来たんですよ」
「どういうわけで?」
「知りませんよ。買ってもらえなかったのかな。
保健室には卒業生が寄贈してくれた古い制服があるでしょ。
適当に着せてください。
あ、ちなみに女子です。
セーラー服あるでしょ?」
教頭先生は出て行った。
「ナオちゃん、セーラー服出そう。
手伝ってくれる?」
「あ、はい。
確か、いろんなサイズ、あったと思う」
何着か取り出して、ハンガーにかけた時だった。
教頭先生がその生徒と母親らしき人を連れてきた。
「ヒカルさん。時間までに着替えてくださいよ。
そして、会場に直接来てください。
時間ないんで」
ヒカルさんと呼ばれた生徒は、暗い目をしていた。
ジャージ姿で立ち尽くし、肩で息をしている。
後ろでおろおろする母親。
これが、ヒカルとの出会いだった。
アンナはセーラー服をベッドに置いた。
「養護教諭の安川アンナです」
「あ、ヒカルです」
「どうやら、セーラー服を着たくないようね」
「わかります?」
「さあ、どうしよう?」
「男子の制服なら着てもいいけど」
母親が後ろで手を振った。
「だめよ、そんなの。何言ってるの、ヒカル」
ヒカルはため息をついた。
アンナは手を打った。
「よし、じゃあね、入学式はこの保健室で行いましょうか。
ジャージのままで。
お母さま、いかがですか?」
「そうしてください。
男子の制服を着て、みんなにびっくりされるよりはましです」
アンナはメモを書いてナオにわたした。
「ナオさん、教頭先生に伝えて。
ヒカルさんは体調が悪いので保健室で入学式を行いますって。
念のため、このメモを渡してね」
「あ、はい」
ナオは小走りで出て行った。
母親を椅子に座らせ、
セーラー服を見えないところに置いた。
ヒカルは言った。
「母さんには1年前からずっと言ってきた。
ボクはセーラー服は、着ない。
スカートは、はかない。
中学校に行くときは、ジャージで行く」
「どうして?」
「先生、ボクは男なんだ」
母親は、ハンカチで目を抑えた。
「ヒカルの気持ちはわかるけど、
でも、制服があるでしょ。
学校のルールだから着なくちゃだめよ」
ヒカルは続けた。
「ボクは、中学から男として生きる。
学校では、トイレに行かない。
教室にも、行かない。
保健室で勉強する。
さっきのあの人みたいに」
「ああ、ナオさんね」
「保健室がダメなら、学校に行かない」
教頭先生が、メモを握ってナオと一緒に来た。
「わかりました。体調不良で保健室にいるんだね。
でも、明日からは制服着てこようよ。
女の子だろ? ええとヒカルさん」
「ボクは男です。
スカートははきません。
スカートだとか、セーラー服だとか
絶対に着なくちゃいけないんなら、死にたいです
教頭先生、スカートはけますか?」
「いやあ、わたしは無理だけど。
ほら、男だから」
「ボクも同じです」
「いやあ、そうはいっても、中学は3年間。
長い人生のちょっとの間だよ。
我慢って言葉、知ってる?」
「ボクには、今の問題なんです」
その時だった。
アンナ先生がピンクのエプロンを持ってきた。
「教頭先生、これ着てください」
「な、なんですか、アンナ先生」
「ピンクのエプロン、3年間着られますか?
長い人生のちょっとの間です」
「い、いやあ。ピンクは無理だねえ」
「ヒカルさんはそう言っているんです。
スカートは無理だって」
母親が泣きだした。
「先生、ありがとうございます」
膝から崩れて、床に座り込んだ。
「ヒカルを理解してくださって、ありがとうございます」
教頭先生は、ドアをバンと力いっぱい閉めて出て行った。
振動が消えるまで、沈黙が続いた。
アンナは言った。
「ヒカルさん、入学式が終わったら、1年の担任と学年主任に相談してみる。
あなたのことを守るから、もう死ぬなんて言わないで」
「それでは、今日は帰ります」
ヒカルは保健室を出て行った。
ナオがヒカルのジャージの胸にピンクの花をつけた。
「祝入学」の文字がひるがえった。