王子様になりたい ~王子様の恋愛指南~
おまけ:第3話
入社して半年。ついに営業成績でトップに立った。
「齋藤さん、おめでとうございます」
部署内チャットが公開された瞬間、藤島さんが私のもとへ駆け寄ってきた。
周囲の邪魔にならないよう、控えめな音で拍手までして祝ってくれる。
これまで何度も営業成績の上位に入ってきた私にとって、どんな順位であろうと心の動くものではなかった。
けれど、彼女だけは違う。
私がどんな結果を出したときも、まるで自分のことのように喜んでくれるのだ。
「せっかくの記念日です。一緒にご飯へ行きませんか」
「っ……」
一瞬、喉が詰まってしまう。
周囲は私のことを「王子様」と評している。
そのおかげか、上司や営業先、さらには異性まで、様々な人から食事を誘われた。
しかし……彼らの誘いには常に何かしらの裏が含まれていた。
完璧な存在への妬みや嫉み、王子様という肩書きへの打算、下心。
今回は、何を求められているのか。
そう疑ってしまうほど、今の私は人から純粋な好意を向けられることに慣れていなかった。
「難しい、ですかね……?」
藤島さんから、不安そうな表情で見つめられてしまう。
期待の眼差しを向けられてしまえば何とも断りづらい。
それに、いまだ先輩方との間に壁を感じている中で、彼女との関係だけは不思議なほど変わらなかった。
藤島さんにとって、私は「同期」であり、「尊敬する人物」。
そこには打算も下心もない。
ただ、まっすぐな尊敬と親しみだけがある。
その裏表のない感情に、私は何度も救われていた。
だから、私は藤島さんを信じたい。
「あぁ、ぜひご一緒させてほしい」
会社の最寄り駅にある、赤ちょうちんが目印の大衆居酒屋。
奥の座敷に二人で座れば、さっそくジョッキハイボールが届いた。
「改めて、齋藤さんの営業成績一位を祝して乾杯!」
カラン、とジョッキ同士のぶつかる音が響いた。
普段は真面目な彼女が、勢いよくお酒を口に含んでいく。
その飲みっぷりは見ていて気持ちよく、つい観察してしまう。
しばらくお酒を楽しんでいれば、酔いのまわった藤島さんから仕事の悩みが漏れ始めた。
「取り引き先と会話が続かなくて……。どうやったら齋藤さんみたいに聞き上手になれますか」
彼女の悩みへ真摯に答えれば、藤島さんは安心しきったように目元を緩めた。
「ありがとうございます。……齋藤さんに相談して良かったです」
少しだけ舌っ足らずな言葉には、やはり裏なんてなかった。
私への尊敬の気持ちだけが込められた本音。
——少しずつ私の中で彼女が特別な存在になっていた。
その後も、藤島さんとの会話を楽しんでいた。
……といっても彼女の相談に乗っていただけで、私自身はあまり話をしていない。
それでも、まっすぐな言葉で綴られる彼女の話は非常に面白く、すらすらと耳に入ってきた。
気づけば、閉店間際の時間。
酔いが十分に回ったのか、藤島さんは頬を赤らめていた。
そんな彼女に、払わせることはできない。
それに、有意義な時間を過ごさせてくれたお礼も兼ねて、私が出すべきだ。
長く伸びたレシートを手に取って、レジへ向かおうとする。
「……ダメです」
藤島さんに裾を引っ張られた。
掴まれた手を見下ろせば、彼女が眉をひそめていた。
「私たちは同期ですから、二人で払いましょう」
「私のことは、気にしないで。楽しい時間を作ってくれたお礼だから」
さらに裾を引っ張られた。
しかしその力は弱々しく、男の私では簡単に抜け出せてしまうだろう。
「どうしても、かな」
「どうしても、です」
藤島さんは、ふくれっ面のまま手を離さない。
どうやら彼女に譲る気はないらしい。
「ねぇ、齋藤さん。飲み会は今回が終わりではありません」
とろんとした瞳には、私を逃がさないと言わんばかりの意志が込められている。
「これからも……同期二人で楽しい時間を作りましょう」
追い打ちをかけるように、はっきりとした口調で言われてしまった。
「……っ、あはは!」
堪らず、吹き出した。
私を尊敬しながらも——あくまで対等な同期として接したい。
なんて意地らしく……可愛らしいんだ。
「ありがとう。では、一緒に払おうか」
私の返答に満足したのか、彼女が嬉しそうに頷いた。
この温かな関係性が心地よい。
願わくば、ずっと彼女の傍にいたい。
そんな思いが、胸の奥で膨らんでいく。
「尊敬すべき人物」と「同期」という関係性を続ければ、これからも彼女の傍に居続けられるだろう。
しかし——それでは満足できない。
彼女と、同期という言葉では括れない関係になれたら。
その先を想像すれば、自然と口角が上がる。
私の中に、強い欲が生まれた瞬間だった。
「齋藤さん、おめでとうございます」
部署内チャットが公開された瞬間、藤島さんが私のもとへ駆け寄ってきた。
周囲の邪魔にならないよう、控えめな音で拍手までして祝ってくれる。
これまで何度も営業成績の上位に入ってきた私にとって、どんな順位であろうと心の動くものではなかった。
けれど、彼女だけは違う。
私がどんな結果を出したときも、まるで自分のことのように喜んでくれるのだ。
「せっかくの記念日です。一緒にご飯へ行きませんか」
「っ……」
一瞬、喉が詰まってしまう。
周囲は私のことを「王子様」と評している。
そのおかげか、上司や営業先、さらには異性まで、様々な人から食事を誘われた。
しかし……彼らの誘いには常に何かしらの裏が含まれていた。
完璧な存在への妬みや嫉み、王子様という肩書きへの打算、下心。
今回は、何を求められているのか。
そう疑ってしまうほど、今の私は人から純粋な好意を向けられることに慣れていなかった。
「難しい、ですかね……?」
藤島さんから、不安そうな表情で見つめられてしまう。
期待の眼差しを向けられてしまえば何とも断りづらい。
それに、いまだ先輩方との間に壁を感じている中で、彼女との関係だけは不思議なほど変わらなかった。
藤島さんにとって、私は「同期」であり、「尊敬する人物」。
そこには打算も下心もない。
ただ、まっすぐな尊敬と親しみだけがある。
その裏表のない感情に、私は何度も救われていた。
だから、私は藤島さんを信じたい。
「あぁ、ぜひご一緒させてほしい」
会社の最寄り駅にある、赤ちょうちんが目印の大衆居酒屋。
奥の座敷に二人で座れば、さっそくジョッキハイボールが届いた。
「改めて、齋藤さんの営業成績一位を祝して乾杯!」
カラン、とジョッキ同士のぶつかる音が響いた。
普段は真面目な彼女が、勢いよくお酒を口に含んでいく。
その飲みっぷりは見ていて気持ちよく、つい観察してしまう。
しばらくお酒を楽しんでいれば、酔いのまわった藤島さんから仕事の悩みが漏れ始めた。
「取り引き先と会話が続かなくて……。どうやったら齋藤さんみたいに聞き上手になれますか」
彼女の悩みへ真摯に答えれば、藤島さんは安心しきったように目元を緩めた。
「ありがとうございます。……齋藤さんに相談して良かったです」
少しだけ舌っ足らずな言葉には、やはり裏なんてなかった。
私への尊敬の気持ちだけが込められた本音。
——少しずつ私の中で彼女が特別な存在になっていた。
その後も、藤島さんとの会話を楽しんでいた。
……といっても彼女の相談に乗っていただけで、私自身はあまり話をしていない。
それでも、まっすぐな言葉で綴られる彼女の話は非常に面白く、すらすらと耳に入ってきた。
気づけば、閉店間際の時間。
酔いが十分に回ったのか、藤島さんは頬を赤らめていた。
そんな彼女に、払わせることはできない。
それに、有意義な時間を過ごさせてくれたお礼も兼ねて、私が出すべきだ。
長く伸びたレシートを手に取って、レジへ向かおうとする。
「……ダメです」
藤島さんに裾を引っ張られた。
掴まれた手を見下ろせば、彼女が眉をひそめていた。
「私たちは同期ですから、二人で払いましょう」
「私のことは、気にしないで。楽しい時間を作ってくれたお礼だから」
さらに裾を引っ張られた。
しかしその力は弱々しく、男の私では簡単に抜け出せてしまうだろう。
「どうしても、かな」
「どうしても、です」
藤島さんは、ふくれっ面のまま手を離さない。
どうやら彼女に譲る気はないらしい。
「ねぇ、齋藤さん。飲み会は今回が終わりではありません」
とろんとした瞳には、私を逃がさないと言わんばかりの意志が込められている。
「これからも……同期二人で楽しい時間を作りましょう」
追い打ちをかけるように、はっきりとした口調で言われてしまった。
「……っ、あはは!」
堪らず、吹き出した。
私を尊敬しながらも——あくまで対等な同期として接したい。
なんて意地らしく……可愛らしいんだ。
「ありがとう。では、一緒に払おうか」
私の返答に満足したのか、彼女が嬉しそうに頷いた。
この温かな関係性が心地よい。
願わくば、ずっと彼女の傍にいたい。
そんな思いが、胸の奥で膨らんでいく。
「尊敬すべき人物」と「同期」という関係性を続ければ、これからも彼女の傍に居続けられるだろう。
しかし——それでは満足できない。
彼女と、同期という言葉では括れない関係になれたら。
その先を想像すれば、自然と口角が上がる。
私の中に、強い欲が生まれた瞬間だった。