王子様になりたい ~王子様の恋愛指南~

第7話

「あの、今日のデート中、お互いに三つのわがままを叶え合いませんか」

 ショッピングモールへ向かう途中、私はSNSで調べた「恋人同士の会話テクニック」を実践してみた。

「三つのわがまま、とは?」

 横を歩いていた齋藤さんは、私の発言に驚いたのか眉を上げている。

「齋藤さんは今日のデート中に私へ三つのわがままを言ってください。私がそのわがままを叶えます。もちろん、私も三つのわがままを言いますので、齋藤さんが叶えてくださいね」
「どんなことでも、いいのかな」
「はい。些細なことでも問題ありません」

 ちょっとだけ胸を張って自信ありげに言ってみれば、齋藤さんは顎に手を添えたまま黙り込んでしまった。
 ここまで順調に続いていた会話が途切れてしまう。
 もしかして、「恋人同士の会話テクニック」の使い方を間違えてしまったのか。
 そんな不安から、だんだんと視線が下がってくる。

「……では、わがまま一つ目。今日一日、私のことを名前で呼んでほしい」
「えっ?」

 不意打ちのわがままに、素っ頓狂な声を出してしまった。
 彼を見れば、その口元は柔らかく緩んでいた。

「齋藤さん、私の提案に呆れたわけではなかったのですね」
「こんな素敵な提案、断る理由はないよ」
「よかったです」

 齋藤さんの楽しそうな表情にほっとする。
 あの沈黙は「私へのわがまま」を考えてくれていたのか。

「それで、私のわがままを叶えてくれるかな」

 穏やかな物腰なのに、その笑顔には有無を言わせない力があった。
 彼のわがままに怖気づき、ぎゅっとワンピースの裾を握りしめてしまう。
ただの会話テクニックのつもりが、大事になってしまった気がする。

「さぁ、私のことを名前で呼んでみて」

 逃げ道を塞ぐように、齋藤さんが微笑んだ。
 今更ながらに気づく。
 「恋人同士の会話テクニック」とは、会話を盛り上げるためではなく、恋人同士の距離を縮めるためのテクニックだったのだ。
 なんて大胆な提案をしてしまったのだろう。
 しかし、自分から言い出したのだから責任を持つべきだ。

「慎司、さん」
 
おそるおそる名前を呼べば、案の定声が裏返ってしまった。ただ名前を呼ぶだけなのが、こんなにも恥ずかしいなんて。

「ふふっ。よく出来ました」

 子どもを褒めるような口調で言われてしまった。それに、あの慈しむような目。私の反応を楽しんでいる。彼の余裕たっぷりな態度が悔しい。

「私も、わがまま一ついいですか」
「あぁ、もちろん」

 勢いよく人差し指を立てれば、慎司さんは小さく笑った。
 ……ルールとはいえ、私のわがままの内容を聞かずに応えてもいいのか。
 そんな余計な心配をしてしまうほど、彼の返事はとても素直だった。

「私のことを一日名前で呼んでください」
「わかったよ、明花」
「っ……ありがとう、ございます」

 あっさりと叶えられてしまい、心臓の音がさらに早まった。齋藤さんの呼ぶ声が耳から離れない。
 これが、経験の差か。
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