王子様になりたい ~王子様の恋愛指南~

第8話

 モール内に入ると、日曜日ということもあり、どこも人で賑わっていた。特に今日は、若い女性や子どもたちの姿が目立っているように感じる。

「何か、イベントがあるのでしょうか」

 雑貨エリアをぶらりと歩きながら、何気なく慎司さんへ聞いてみる。ちょっとした雑談のつもりだったが、彼は小さく頷くと目の前のショップを指した。彼の指先を追うように視線を移す。
 その瞬間、私の心はものの数秒で鷲掴みにされてしまった。
 たくさんの星と黄色の装飾が目立つ店内。その中心に置かれているのは小学生の背丈ほどある大きなフィギュア。

「すっ、スターちゃん……!」
「そう。今日はスターちゃんのグッズ販売会を開催しているみたいだよ」

 スターちゃんとは、現代社会に現れた星の妖精。
 人々の心を明るくするために活動する、ゆるくて前向きなキャラクターだ。
 その愛らしい姿は、若者の間で大人気になっている。

「ふふっ。その反応、スターちゃんが好きというのは本当なんだね」
「そうなんです。あのキラキラした笑顔が可愛くて……!」

 その姿を思い浮かべるだけで、声が弾んだ。
 ある日の通勤中にSNSで流れてきたスターちゃんの動画。
 人の心を笑顔にできたと喜ぶ純真無垢な表情に、労働で疲れきっていた心が浄化された。
 その日以来、新作動画を通勤中に視聴するのが私の日課になっている。

「……あれ。私、慎司さんにスターちゃんが好きなことをお話したことありましたか?」

 彼とは仕事のことからプライベートの悩みまで、様々な話をしてきた。
 けれど、そのほとんどは私から相談を持ちかけたものだ。
 趣味の話をする機会なんて、多分なかったはず。
 もしかしたら、二日前の飲み会のように酔った勢いで話していたのかもしれない。

「いや、明花から直接は聞いていないよ。けれど、加藤先輩とスターちゃんについて語り合っている姿を見たことがあってね」

 加藤先輩とは、私たちより一年先に入社した先輩だ。
 お互いにスターちゃんが好きで、よくランチ時に愛を語り合っている。

「それに、使っているボールペンが印象的だったから」

 確かに、私の使っているボールペンは黄色の星柄に小さなキーホルダーがぶら下がったスターちゃん仕様だ。
 しかし、そのボールペンを使うのは職場内のみ。
 それも、自席で書類をまとめているとき限定だ。
 人前でお披露目する機会なんてなく、唯一気づいてくれたのは加藤先輩だった。

「よく気づきましたね」
「相手がどんなものを身につけているのかで、会話が広がるから」

 慎司さんは「仕事の癖が抜けていない」と苦笑しているが、その観察眼に感心する。
 相手が喜ぶことを、ごく自然にできてしまう。そういうところが、彼が「王子様」と呼ばれる理由なのだろう。

「さすが、勉強になります」
「ふふ、真面目なのが明花のいいところ。だけど、今日はデートだから」
「あ……すみません」

 そうだ。今日は恋愛を教わる日で、目の前にいるのは尊敬すべき「同期」ではなく「恋人」。
 だから、仕事の技術ではなく慎司さんと向き合うべきだ。

「わがまま二つ目、いいですか」
「何でもどうぞ」

 また、内容も聞かずに頷かれてしまった。
 私のことを信用しすぎではないか。

「今日は、お互いに仕事の話をしないでください」
「あぁ、わかったよ」

 デートだから当たり前のことかもしれない。
 それなのに、慎司さんの頬はいつもより緩んでいるように見えた。
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