『破滅の先で、愛を知る』 〜サレ妻の復讐劇と、危険な年下男の溺愛〜
第4章:傷跡を刻み合う愛
夜の公園を、冷たい風が吹き抜けた。
頬にかかった髪が揺れる。
けれど栞は、それを払おうともしなかった。
律に掴まれた手首。
そこだけが、熱い。
痛いほど強く握られているわけではない。
その気になれば、振りほどけるのかもしれない。
それなのに。
なぜか栞には思えた。
この手からは、もう逃げられない。
――違う。
逃げられないんじゃない。
私は。
本当に、逃げたいの?
「……私を利用していたのね」
口にすると。
思ったよりも静かな声が出た。
律は目を逸らさなかった。
「ええ」
一瞬の迷いもなく。
「最初は、そのつもりでした」
胸が痛んだ。
けれど。
不思議だった。
雅也の裏切りを知った夜とは違う。
あのときは、自分の七年間がすべて否定された気がした。
何もかも嘘だった。
愛されていると思っていた自分が、滑稽で仕方なかった。
でも。
今は違う。
律も自分を騙していた。
利用していた。
なのに。
その事実だけでは、この人を嫌いになれなかった。
「……最低ね」
「はい」
「否定しないの?」
「できませんから」
律の手が動いた。
掴んでいた手首から。
ゆっくり。
指先へ。
まるで逃げ道を塞ぐのではなく。
栞が逃げないことを確かめるように。
指を絡める。
「あなたは、あの男に一番近い人だった」
律の声は静かだった。
「神谷雅也を壊すために必要だった」
「…………」
「だから近づいた」
分かっていた。
それでも。
本人の口から聞くと痛い。
栞は唇を噛んだ。
「だったら」
律を見上げる。
「復讐が終わった今、私はもう必要ないでしょう?」
その瞬間。
律の顔から表情が消えた。
「それは違う」
「何が?」
「全部です」
強い声だった。
次の瞬間。
頬を包まれた。
大きな手。
初めて花屋で触れられた夜と同じ。
「最初は、あなたが必要だった」
律の親指が、頬を撫でる。
「復讐のために」
胸が軋む。
「でも」
律の瞳が揺れた。
初めてだった。
いつも余裕のあるこの男が。
迷子のような顔をしている。
「気づいたときには、もう遅かった」
「…………」
「あなたが傷つくたびに、苦しくなった」
律が一歩、近づく。
「あなたがあの男の帰りを待っているだけで腹が立った」
もう一歩。
「あなたがあの男のために食事を作っていると思うだけで、全部めちゃくちゃにしたくなった」
「律くん……」
「泣いているあなたを見たら」
額が触れそうな距離まで。
律が近づいた。
「復讐なんて、どうでもよくなった」
低い声が震える。
「ただ、あなたを奪いたかった」
栞は息を止めた。
「誰にも触らせたくなかった」
頬を包む手に、力がこもる。
「誰にも見せたくなかった」
律の瞳には。
もう計算も。
余裕も。
何もなかった。
ただ。
息苦しいほどの感情だけがある。
「僕だけを見てほしかった」
その言葉が。
栞の胸の一番深いところへ落ちた。