敵国から嫁いできた悪役王女……のつもりだったのですが、めちゃくちゃ大事にされている上に、契約結婚になるようです。

第7章 ヴィンセント王国


 ヒルヴィスの事件から二ヶ月後。

 私とアイリス姉さまは、ヴィンセント王国に帰ってきていた。
 ついでに、マイケルとミゲルとメルヒオールもついてきた。

 なぜこんなに沢山ついてくる?

「魔女ケイトさんへの届物もあるし」
「あなたのご家族に会ってみたいです」
「ヴィンセント国王にご挨拶を」

 口々に言い募り、ヴィンセント王国に行くという三人の王子を、マグネリア国王夫妻はため息をつきながら送り出した。
 マグネリア王国とヴィンセント王国は、私が嫁ぐことになるまで敵対国であったというのに、気軽なものである。

「兄上達になにかあっても、マクシムが居るから大丈夫だよ」
「兄上達になにかあっても、モーリス兄上がいるから大丈夫だよ」

 似た者同士の第四王子と第五王子の胸が熱くなるような言葉を胸に、私達はヴィンセント王国にたどりついた。

 王城にて、マイケルはここまでの顛末をヴィンセント国王ヴィルクリフに報告し、今後の流れについての打診をする。
 大反対すると思っていた国王は特に異論を唱えることもなく、話はまとまった。

 というより、ほとんどヴィルクリフは発言をしなかった。

「お父様、元気がないわ」

 アイリス姉さまの言葉に、私は頷く。
 原因がわかっているとはいえ、あれだけいつもいきり立っていた男が、不思議なものだ。 

「それじゃあ、ヴェリツィエに向かおうか」

 マイケルの言うヴェリツィエとは、ヴィンセント王国内の名所で、大きな湖に面した避暑地だ。
 王都からは少し離れていて、立ち並ぶ家々は基本的に別荘で、定住者はさほどに多くない。

 穏やかなその街の一角にある、緑色の屋根のこぢんまりした可愛らしい二階建ての家。
 それが、私達の目的地だ。

「……」

 馬車が家の前につき、地面に降り立ったものの、アイリス姉さまはその場で固まってしまった。
 私が手を握ると、ハッとした顔で私を見て、ぎゅっと抱きしめてくれる。
 アイリス姉さまが、公衆の面前で、私を!

「このまま帰りましょう」
「君が幸せ全開なのはわかったよ」
「だって、アイリス姉さまが!」

「……アイリス?」

 少し広めの庭から声がして、アイリス姉さまがびくりと体を震わせる。

 声の主は、金髪碧眼の、アイリス姉さまによく似た女性だ。
 三十代後半くらいで、庭の手入れをしていたのか、質素な平民服に、麦わら帽子をかぶり、手袋をはめている。
 問題は、彼女があまりにもまばゆく、美しいことだ。
 内側からあふれ出る魅力というものは、これほどに人の心を掴むものなのかと、恐ろしくなるほどの魅力にあふれている。

 その美女が、じわじわと表情を緩めて、満面の笑みを浮かべた。

「アイリス! ヴィオレッタ!」

 彼女は手袋を外すと、勢いよく駆けてきて、アイリス姉さまと私に抱き着いた。

「来てくれたのね、嬉しいわ! ずっと会いたかったのよ、本当に嬉しい!」
「あ、あの、私……」
「ああ、びっくりしちゃうわね、ごめんなさい! アイリス、私があなたを生んだ人よ」

 パッと離れた彼女は、アイリス姉さまの手を握る。
 生んだ人、と呟くアイリス姉さまに、彼女は頷いた。

「私に母を名乗る資格はないと思うの。本当にごめんなさい」
「資格……」
「さあ、入って入って。今日は沢山お話ししましょう!」

 太陽の恵みを一身に受けたひまわりのような彼女に手を引かれて、アイリス姉さまはゆっくりと家の中に入っていく。
 私達がそれについていくと、ドアを開けた先に、女性が立っていた。
 黒髪に紫色の瞳、豊満な体つきが特徴的な、同じく三十代後半くらいの女性だ。
 白い肌、ばさばさのまつ毛、ぽってりした唇の彼女は、首元が詰まったフリルの服を着ていて、なんというかこう……妙に危険な感じの色香を放っている。

 その彼女も、私達を見ると、じわじわと表情を緩めて、満面の笑みを浮かべた。

「いらっしゃいませ~。お待ちしていました~」

 人好きのする笑顔を浮かべた魔性の色香の女は、アイリス姉さまにそっくりな彼女と一緒に、私達を居間に案内する。
 外観から見たよりも広く感じるその家の居間に、私達が腰を落ち着けたところで、ふわふわと紅茶が運ばれてきて、アイリス姉さまやマイケル達がぎょっと目を剝いた。

「カップが宙に浮かんでる……」
「えっ? ああ、皆さんにはそう見えるのね。ケイト、見せてあげてくれる?」
『わかった』

 魔性の色香の女は、急に淡白な声音でそう返すと、カップを支えていた者が姿を現した。
 羽をはやした饅頭のような見た目の精霊だ。
 
 私は幼い頃から、人間達が話しかけてくれない代わりに、この精霊達と過ごしてきた。
 精霊のことを、普通の人間が見ることができないと知ったのは、何歳のときだったか。

 驚くアイリス姉さま達の前に、精霊達がティーカップを並べていく。

「このお茶ね、庭で育てているのよ。魔女印のとっても美味しいハーブティーなの!」
「今日は魔法は入れていないから、安心して~」
「……普段は魔法を入れているのですか?」
「そうね~、気持ちが落ち着くおまじないとか~、集中力が上がるおまじないとか~、体に害のないものを、軽くね~」

 ニコニコほほ笑んでいる魔性の女に、マイケルはちょっと顔を赤くして目を逸らす。
 私がマイケルを横目で見ると、「ちがう!」と叫んだので、無視してお茶を飲んだ。
 悪くない味なのに、今日はなんだか苦いような気がする。

「ヴィオレッタは久しぶりね~、元気にしているみたいでよかったわ~」
「はい」
「ヴィオちゃん、なかなか会いに来てくれないんだもの。いけずな娘だわ。とっても会いたかったのに」
「……あの、ヴィオレッタとは頻繁に会っていたのですか?」
「私達が居たのは、魔女の世界だったから。私とケイティが出ることはできなかったけれど、ヴィオレッタが来ることはできたのよ」

 ケイティ、と呟くアイリス姉さまに、彼女は頷く。

「皆さま、ようこそお越しくださいました。私はヴィンセント王国第一王妃、クリスタ=フォン=ヴィンセントです」

 その美しいほほ笑みに、アイリス姉さま達は息を呑む。
 彼女がほほ笑むと、空気がピンと張ったような、透明感のある清涼さが生じるから不思議なものだ。

「そして、こちらが私の侍女、ケイトです」

「人間のケイトです~。苗字はありません~。よろしくお願いしますね~」
『名はケイトフランチェスクアレシュリビェナ=レイ。好きに呼ぶと良い』

 魔性の色香の女から、二通りの自己紹介が発せられる。

 第一王妃クリスタの侍女ケイト。

 彼女の体の中には、人間のケイトと魔女のケイト、二人の魂が収められているのである。


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