早河シリーズ完結編【魔術師】
第五章 鎮魂歌
21時。雪は止んでいる。道路の端に寄せられた雪の塊が白く浮かび上がっていた。
篠山恵子は車を降りてコートの上から腕をさすった。冬の埠頭は冷たい風が強く吹いていて、とても冷える。
うっすら雪の積もる地面を進む。ザクザクと雪を踏みしめる音と風の音が聞こえた。
倉庫が並ぶ一角に人が立っている。
『お待ちしていました』
「やっと会えたわね。佐藤瞬。私を呼び出すなんて、いい度胸しているじゃない」
『こそこそと隠れているのも飽きてきたので』
恵子は佐藤瞬を見据える。彼女はこの時を待ち望んでいた。
「あなたは12年前に死んだと思っていた。だからこのやり場のない感情も封じられていたのに……」
『篠山さん。あなたは竹本邦夫の私設秘書だった溝口彰人の妹ですよね』
恵子は口元を斜めにしてコートの右ポケットに手を入れた。ポケットから出した右手に握られたものは黒々とした拳銃。
「そう。私の中学までの名前は溝口恵子。彰人は私の兄」
『あなたが中学生の時に両親が離婚され、あなたは母親に、兄の彰人は父親に引き取られた。一度は母親の旧姓を名乗っていたが、その後に母親が再婚してあなたも義理の父親の篠山姓になった』
「よく調べたわね。カオスにいた頃に凄腕の情報屋と呼ばれていた腕は確かみたいね」
恵子が持つ拳銃の銃口が佐藤に向いた。銃口を向けられても佐藤はたじろがない。
「2年前に貴嶋が脱獄した直後、私宛に手紙が届いた。手紙には死んだと思われていたあなたが生きていることと、現在のあなたの姿を写した写真が同封してあった。最初は半信半疑だった。でもその後も何通も私の家にあなたを隠し撮りした写真を添えた手紙が送られてきて、私はあなたが生きていると確信したの」
風が強い。風はヒュウヒュウ、と耳が痛くなる冷たい音を奏でている。そんな寒さでも両者は一歩も動かず、相手の出方を窺っていた。
『手紙の送り主は調べたんですか?』
「差出人の名前も住所も消印もなかった。送り主は私の自宅に直接投函したのよ。でも手紙に書かれたインターネットのURLにアクセスすると面白いものが出てきた。貴嶋のファンサイトよ。警察官の私に貴嶋のファンサイトのURLを送り付けるなんて笑っちゃうわよね」
恵子の話の間も佐藤はじっと何かを待っているようにそこを動かない。
「あなたの生存を確信して、これまで封じていた感情が一気に噴き出した。自分が警察官であることすら、どうでもよくなった」
『だからキングと手を組んだんですね。あなたのもうひとつの名前はベリアルですか?』
「さすが有能ね。すべてお見通しじゃない。ベリアルは魔王と契約した堕天使。貴嶋もなかなかいい名前をつけてくれるのね」
初めて佐藤の視線が動いた。彼の視線の先を辿って振り向いた恵子は、そこに姿を見せた人物を見て冷笑する。
篠山恵子は車を降りてコートの上から腕をさすった。冬の埠頭は冷たい風が強く吹いていて、とても冷える。
うっすら雪の積もる地面を進む。ザクザクと雪を踏みしめる音と風の音が聞こえた。
倉庫が並ぶ一角に人が立っている。
『お待ちしていました』
「やっと会えたわね。佐藤瞬。私を呼び出すなんて、いい度胸しているじゃない」
『こそこそと隠れているのも飽きてきたので』
恵子は佐藤瞬を見据える。彼女はこの時を待ち望んでいた。
「あなたは12年前に死んだと思っていた。だからこのやり場のない感情も封じられていたのに……」
『篠山さん。あなたは竹本邦夫の私設秘書だった溝口彰人の妹ですよね』
恵子は口元を斜めにしてコートの右ポケットに手を入れた。ポケットから出した右手に握られたものは黒々とした拳銃。
「そう。私の中学までの名前は溝口恵子。彰人は私の兄」
『あなたが中学生の時に両親が離婚され、あなたは母親に、兄の彰人は父親に引き取られた。一度は母親の旧姓を名乗っていたが、その後に母親が再婚してあなたも義理の父親の篠山姓になった』
「よく調べたわね。カオスにいた頃に凄腕の情報屋と呼ばれていた腕は確かみたいね」
恵子が持つ拳銃の銃口が佐藤に向いた。銃口を向けられても佐藤はたじろがない。
「2年前に貴嶋が脱獄した直後、私宛に手紙が届いた。手紙には死んだと思われていたあなたが生きていることと、現在のあなたの姿を写した写真が同封してあった。最初は半信半疑だった。でもその後も何通も私の家にあなたを隠し撮りした写真を添えた手紙が送られてきて、私はあなたが生きていると確信したの」
風が強い。風はヒュウヒュウ、と耳が痛くなる冷たい音を奏でている。そんな寒さでも両者は一歩も動かず、相手の出方を窺っていた。
『手紙の送り主は調べたんですか?』
「差出人の名前も住所も消印もなかった。送り主は私の自宅に直接投函したのよ。でも手紙に書かれたインターネットのURLにアクセスすると面白いものが出てきた。貴嶋のファンサイトよ。警察官の私に貴嶋のファンサイトのURLを送り付けるなんて笑っちゃうわよね」
恵子の話の間も佐藤はじっと何かを待っているようにそこを動かない。
「あなたの生存を確信して、これまで封じていた感情が一気に噴き出した。自分が警察官であることすら、どうでもよくなった」
『だからキングと手を組んだんですね。あなたのもうひとつの名前はベリアルですか?』
「さすが有能ね。すべてお見通しじゃない。ベリアルは魔王と契約した堕天使。貴嶋もなかなかいい名前をつけてくれるのね」
初めて佐藤の視線が動いた。彼の視線の先を辿って振り向いた恵子は、そこに姿を見せた人物を見て冷笑する。