影の妻、愛に咲く~明治の花嫁は、姉の代わりだったはずなのに~

第四部 蜜のような日々

目が覚めると、私は誠一郎さんの胸の中にいた。

穏やかな鼓動が耳に心地よく響いていて、しばらく夢と現実の境目をふわふわと彷徨っていた。

「おはよう、梨子。」

柔らかな声が、髪に触れるように落ちた。

「……梨子? ……あれ?」

寝ぼけたまま、私は思わず額をこすった。

「……自分の名前も忘れたのかい?」

くすりと笑う声に、私はようやく目を覚ました。

「あ……はい。梨子、です。」

名前を口にした途端、胸の奥に小さな痛みが走った。

――でも、今はそれを見せたくなかった。

すると誠一郎さんは、ふふ、と笑ってから大きく声をあげた。

「あはははっ。……いい朝だな。」

その朗らかな笑顔につられて、私も思わず微笑んでしまう。

「今日はな、仕事を休んだ。一日、一緒にいよう。」

「……はい。」

その一言が、なぜだかとても嬉しくて、胸がじんとあたたかくなる。
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