想いと共に花と散る
ありがとう。そして、さようなら。
江戸へ向かう街道を歩きながら、地図とも言えない不格好な地図を広げる。
簡易的な街の様子と、目的値の番地が書いてあるだけの地図。京を出る前に、土方が持たせたのだ。
(……番地を聞いたほうが早いか)
誰か道案内をしてくれそうな人を探しながら、街道を進み続ける。
冬の朝の空は澄み切っていて、雲一つない。
歩くたびに足元の土がきゅっと鳴り、その音だけがやけに大きく聞こえた。
「今日は……いい天気だな」
ぽつりと零した声は、誰に聞かれることもなく消えていく。
戦の気配など、何処にもない。
遠くで銃声が響いていることも、雪原が血に染まっていることも、知る由はなかった。
道行く人々は、いつもと変わらない顔をしている。荷を背負う旅人、馬を引く商人、行き先を急ぐ者。
(本当に……何も変わらないんだな)
世の中は、ちゃんと動いている。
昨日と同じ今日があって、今日の延長に明日がある。
その事実に、雪は何処かで安心していた。
脳裏に浮かぶのは、別れ際の土方の姿。洋装に身を包み、短くなった髪に手をやりながら、何でもないように言った言葉。
『今晩中に用意しとけ』
それは、いつも通りの声だった。だから、深く考えなかった。
彼が何処へ向かうのか。何を背負おうとしているのか。
(……きっと、大丈夫)
根拠なんてない。ただ、そう思いたかった。
雪は歩く、江戸という目的地だけを見つめて。
その背後で、すでに一つの戦が始まっていることも、そこであの人が命を削っていることも知らないまま。
「あ、あのすみません。少しいいですか?」
「なんでしょう」
道行く人を呼び止め、雪は地図を見せながら尋ねる。
「この番地に行きたいんですが」
「あー、そこは柴田さんのとこですね。そこの道行けば、右側に見えてきますよ」
「ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をしてから雪は駆け出した。
もうすぐ会えると思うと、居ても立ってもいられなかったのだ。
「はあ、はあ……っ」
植木屋・柴田平五郎の邸宅は、江戸の町外れにあった。
派手さはない。けれど、手入れの行き届いた庭と、静かに佇む建物は、何処か懐かしさを覚える佇まいだった。
「すみません!」
「はいはい、どちら様で───」
建物から出てきた男性は、雪を見るなり目を剥いた。そして、何処か安心したような微笑みを浮かべる。
「……お待ちしておりました」
邸宅の主らしき男に促され、雪は門を潜る。足を踏み入れた瞬間、町の喧騒がすっと遠のいた。
風が、庭の木々を揺らす。葉擦れの音が、やけに大きく耳に残った。
廊下を進むにつれ、空気が変わっていくのが分かる。
ひんやりとした静けさ。人の気配はあるのに、声がない。
「こちらでございます」
男が立ち止まったのは、邸宅の奥まった一室の前だった。
簡易的な街の様子と、目的値の番地が書いてあるだけの地図。京を出る前に、土方が持たせたのだ。
(……番地を聞いたほうが早いか)
誰か道案内をしてくれそうな人を探しながら、街道を進み続ける。
冬の朝の空は澄み切っていて、雲一つない。
歩くたびに足元の土がきゅっと鳴り、その音だけがやけに大きく聞こえた。
「今日は……いい天気だな」
ぽつりと零した声は、誰に聞かれることもなく消えていく。
戦の気配など、何処にもない。
遠くで銃声が響いていることも、雪原が血に染まっていることも、知る由はなかった。
道行く人々は、いつもと変わらない顔をしている。荷を背負う旅人、馬を引く商人、行き先を急ぐ者。
(本当に……何も変わらないんだな)
世の中は、ちゃんと動いている。
昨日と同じ今日があって、今日の延長に明日がある。
その事実に、雪は何処かで安心していた。
脳裏に浮かぶのは、別れ際の土方の姿。洋装に身を包み、短くなった髪に手をやりながら、何でもないように言った言葉。
『今晩中に用意しとけ』
それは、いつも通りの声だった。だから、深く考えなかった。
彼が何処へ向かうのか。何を背負おうとしているのか。
(……きっと、大丈夫)
根拠なんてない。ただ、そう思いたかった。
雪は歩く、江戸という目的地だけを見つめて。
その背後で、すでに一つの戦が始まっていることも、そこであの人が命を削っていることも知らないまま。
「あ、あのすみません。少しいいですか?」
「なんでしょう」
道行く人を呼び止め、雪は地図を見せながら尋ねる。
「この番地に行きたいんですが」
「あー、そこは柴田さんのとこですね。そこの道行けば、右側に見えてきますよ」
「ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をしてから雪は駆け出した。
もうすぐ会えると思うと、居ても立ってもいられなかったのだ。
「はあ、はあ……っ」
植木屋・柴田平五郎の邸宅は、江戸の町外れにあった。
派手さはない。けれど、手入れの行き届いた庭と、静かに佇む建物は、何処か懐かしさを覚える佇まいだった。
「すみません!」
「はいはい、どちら様で───」
建物から出てきた男性は、雪を見るなり目を剥いた。そして、何処か安心したような微笑みを浮かべる。
「……お待ちしておりました」
邸宅の主らしき男に促され、雪は門を潜る。足を踏み入れた瞬間、町の喧騒がすっと遠のいた。
風が、庭の木々を揺らす。葉擦れの音が、やけに大きく耳に残った。
廊下を進むにつれ、空気が変わっていくのが分かる。
ひんやりとした静けさ。人の気配はあるのに、声がない。
「こちらでございます」
男が立ち止まったのは、邸宅の奥まった一室の前だった。