これは私が望んだ復讐です

34話 シモンの婚約者

 
「初めまして。わたくし、スカーレット……と申します」


 もう私に貴族のファーストネームは無い。ただのスカーレットだ。それでも自信を持って挨拶をしようと思っていたのに、カリナ様の姿を捉えたとたん、私は言葉に詰まってしまった。


(なんて綺麗な人なの……)


 透き通るような白い肌に、こぼれんばかりの大きな瞳。金色の巻毛も美しく、そのうえ女性らしい豊かな体つきに、女性の私でもうっとりと見とれてしまいそうになった。


(まるで花の女神様みたいだわ。それに比べて私は……)


 ドレスだけは良質だけれど、じっくり見れば肌も髪も荒れているのがわかるだろう。そして痩せ細った私の体は、きっとみすぼらしく見えるはず。


(……みじめだわ。自分が恥ずかしくなってくる)


 それでも落ち込んではいられない。私は情けなく思う気持ちをぐっと胸の奥に押し込め、目の前の女性の返事を待った。もしかしたら罵られるかもしれない。そう思って少し身構えていたのだけど、カリナ様は表情を変えずに話しだした。


「もしかして、あなたが聖女スカーレットなのですか?」
「えっ……」


 カリエントまで私の名前が知られているわけはない。きっとシモン様が手紙に書いたのだろう。それでも自分から「聖女です!」と自己紹介をするのは気が引けるものだ。


(そもそも私と婚約の契約をしたのを、この方は知っていらっしゃるの? シモン様は私のこと、なんて説明したの?)


 彼に聞きたいことは山ほどある。それでも女の闘いに先手を打つべく、私はにっこりと微笑んで彼女の質問に答えた。


「はい。わたくしが治癒の力を持つ聖女です!」
「まあ! やはりあなたが!」


 堂々とした態度でそう言い切ると、カリナ様は驚愕の顔で私を見ている。そしてズンズンと私のもとに向かってきて、ガシッと肩をつかんだ。


「ではあなたが、シモンと婚約の契約を交わしたのですね!」
「――っ!」


(こ、怖い! 迫力のある美人ってこんなに怖いの?)


 今まで妹のように可憐な女性しか近くにいなかったから、カリナ様の威圧感のある美しさに圧倒されそうだ。私は半分泣きそうになり、あっという間に「悪女」の仮面が取れてしまった。


「そ、そうです! でもわたくしは、側室の末席でいいと思っております! それで十分ですので、シモン様の妻の一人として、どうかここに置いていただけ――」

「待て待て! スカーレット! いったい君はなにを言っているんだい?」
「えっ? でも……」


 あわてた様子のシモン様が、カリナ様から私を奪い取るように抱きしめる。そして近くの椅子に私を抱えたまま座ると、まるで小さい子に言い聞かせるように話し始めた。


「なにを勘違いしているのかわからないが、君は私の唯一の妃になるんだ。この国は一夫多妻じゃないし側室も取らない。なぜそんな悲しいことを言うんだい? 私を嫌いになった?」


 そう言って子犬みたいな顔をすると、シモン様はカリナ様のことを気にする様子もなく、私をぎゅっと抱きしめる。こうなってしまうと、今度は私があわてる番だ。涙がこぼれないよう必死に我慢しながら、私はずっと考えていたことを口にした。


「あの、でもカリナ様はシモン様の婚約者なんですよね? それにカリナ様はあんなに美しくて、わたくしでは見劣りしますわ。わたくしはあなたに、救ってもらえただけで十分なんです。だから……」

「スカーレット、君って本当に……」


 シモン様は顔を赤くして、頭に手をあてている。私はなにか変なことを言ってしまったのかもしれない。すると今度は私たちの様子をじっと見ていたカリナ様が、話し始めた。


「ちょっとお待ちになって! スカーレット様はシモンがお嫌いなのですか? もしかして彼に無理やり婚約者にされたので、今、遠回しに断っているということかしら? それならわたくしが、シモンの魔の手から救ってあげますけども?」

「えっ?」
「おい、カリナ! 余計なことを言うな!」


(シモンの魔の手? 私を救ってあげる? カリナ様はシモン様とどういう関係なのかしら? これじゃあ、まるで敵みたいだわ)


 突然のカリナ様の言葉にポカンとしていると、彼女は私の前にひざまずき頭を下げ始めた。
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