これは私が望んだ復讐です

54話 聖女が去ったシャリモンドにて オーエンSIDE

「こんなまずい物、食べられるか!」

 壁に投げつけた皿が、ガシャンと大きな音を立てて割れた。床は私が投げ捨てた固い黒パンと、薄い塩味のスープで汚れている。悲しい目をした母があわてて掃除をするけれど、私はそんな姿にすら苛立ち、席を立った。

(これも全部シモンのせいだ! あいつのせいで私は平民になってしまったのだ!)

 乱暴に玄関の扉を開け、私は外に飛び出した。冷たい北風が頬をすり抜けるが、どうせ分厚いコートも今の私にはない。薄っぺらい靴底に小石が当たるのにも、もう慣れた。それでも王族としての誇りだけは忘れてなるものか。

「絶対に貴族に戻ってやる!」

 本来の私なら今頃、温かく美味しい食事を食べ、柔らかいベッドで寝ているはずなのだ! あの時だってシモンさえいなければ、スカーレットとの結婚だって間に合っていた!

「クソ! シモンの野郎!」

 平民の汚い口調が当たり前になった今でも、あいつの顔を思い出すと怒りがわいてくる。

 あれからあっという間に私たち王族は、城を追い出された。ほとんどの貴族や騎士、そして国民が一体となって反乱を起こし、抵抗する暇もなかったのだ。

 陛下とスカーレットの父親である侯爵は禁固刑になり、牢獄に入れられている。私と母は採掘場の近くにある粗末な家に護送され、強制労働させられることになった。

 最初こそ処刑が行われないことにホッとしたものだが、平民の肉体労働は私に合わない。それでも「国民の気持ちを一生かけて知るといい」と貴族たちに言われ、守ってくれる者もいなくなり、他に行く宛てもないのだからどうしようもない。

(きっとこの処罰もシモンの入れ知恵だろう。スカーレットが処刑を嫌がったのだろうが、こんな惨めな生活、殺してくれたほうがマシだ! 本当に小賢しい奴め……!)

「絶対に許さんぞ……!」

 あの男の勝ち誇った顔を思い出すたびに、ガシガシと頭を乱暴にかいてしまい、酷い時には爪に血がつくこともあった。それでもこの苦しい暮らしよりも、この痛みのほうが生きている気になる。私は今日もシモンへの怒りを胸に、手を血で染めていた。

「ふん……でもあの時の司教の顔は面白かったな」

 暮らしが変わったのは、私たち王族だけじゃなかった。自分だけは助かったと思っていたのだろう。司教は私たちが牢屋に連れて行かれそうになるのを、一人ニヤニヤと見ていた。いや、むしろ自分が陛下の代わりになれるとでも思っていたのかもしれないな。

 しかしその時だった。スカーレットと一緒に来て証言をしたランディという男が、なぜか舞台に戻ってきた。そして司教を指差しニヤリと笑うと、宰相や貴族たちに向かってこう言った。

「スカーレット様からの伝言です。『司教は聖女の存在を盾にして、王家から多額の資金を受け取っていました。そしてそれを独り占めし、贅沢な生活をしていたのです。ぜひ彼にも責任を取ってもらうよう、お考えください』とのことです」

「な、なんだと! それは本当か! 司教!」
「えっ! そ、そんなことは……!」

 一気に顔を青白くさせあわてふためく司教を見て、ランディは「司教の部屋には隠し部屋があるそうですよ!」とニコリと笑い、去って行った。

 結局司教もその座を失い、今ではどこにいるのかすらわからない。まあ、知りたくもないが。教会は聖女がいなくなったことで、孤児院になったらしい。これもシモンが考えたことだろうと思うと、また腹の奥が熱くなってくる。

「なぜこんなことになってしまったんだ……! 城に帰りたい!」

 ピリピリと肌が痛むほどの寒さの中、私は拳をぎゅっと握りしめ、突き上がってくる悔しい気持ちを吐き出していた。

 それでも採掘場の労働に行かなくてはならない。きつい仕事で体は悲鳴を上げているが、行かなかったらもっとひどい目にあってしまう。私は今日もだるい体を起こし、監視の者と仕事場に行くことになった。

(どうにかシモンの幸せを壊すことはできないものか……)

 そんなことを考えていた時だった。採掘場の奥から興奮した話し声が聞こえてきた。

「聞いたか! 聖女スカーレット様が懐妊なさったそうだぞ!」
「おお! それは素晴らしい! この採掘場の宝石も高値で買い取ってくれるというし、今日は仕事がはかどるな!」
「シモン殿下がシャリモンドの復興に学者を送ってくれたからな。麦も育つようになったらしい!」
「助かるな~! あの馬鹿王子とは頭が違うよ!」

 ウハハハハと下品な笑い声が洞窟の奥から響いてきて、私は思わず足を止める。最初はおまえら平民に馬鹿にされてたまるかと歯ぎしりしていたものだが、今ではもう慣れてしまった。相手にしたってしょうがない。

(それにしてもスカーレットが懐妊か……)

 懐妊といえば、シャルロットは幸せなんだろうか。……まあ、無理だろうな。あの女は私が平民になるとわかったとたん、すぐに堕胎薬を飲んだ恐ろしい女だ。そして彼女の美貌と若さを欲しがった男の求婚を受け結婚したらしいが、相手を見定めなかったらしい。

 彼女が嫁いだ家は、家を取り仕切っている厳しい母親がいる。そしてなによりその母親は「聖女信仰」に厚かった。きっと今頃シャルロットはその家でいびられているだろう。

「今度はスカーレット様の名前が入った学校が建てられるらしいぞ」
「嵐で壊れた所が多いし、子供も家の手伝いで学校に行けてなかったから助かるな」
「ああ、国のあちこちに建ててくれるらしい。それに孤児院も増やすみたいだ」
「今でも聖女孤児院なんて言われてるが、もうこの国は聖女様のものだな!」
「ハハ! そのほうがいいぞ! また馬鹿な貴族が権力を持ったら大変なことになる」

 洞窟の奥からカキンカキンという岩を削る音とともに聞こえてきた会話で、私はようやくシモンがしたかったことに気づいた。

 ――そうか、シモンはスカーレットにこの国をプレゼントしたのだな

 シモンはシャリモンドを乗っ取りたいのではない。スカーレットに捧げたかったのだ。

 今さら気づいたシモンの思惑に、ぐらりと視界が揺れる。

(それだけ彼女を本気で愛していたのか。私にもそのくらいの気持ちがあれば、まだ王族でいられたのだろうか……)

「おい! 遅いぞ!」
「……はい。すみません」

 私は遠い昔、スカーレットに初めて会った時のことを思い出す。少しはにかんで、ここに居ていいのだろうかと様子をうかがう表情に、ほのかな恋心が芽生えたあの日のことを。

 しかしもう、なにもかもが遅い。私が今できることは、岩を削ることだけ。

 私はもう取り戻すことができない幸せを胸に、採掘場の奥深くに歩いていった。 
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