悪魔の娘が帰還するまでーささやかな復讐と聖女の称号を添えてー

第十一章:誇り高い悪魔の娘

 別荘に来てから七日目の朝、空は鈍色の雲に覆われ、海は黒く唸っていた。

 潮風に晒される石造りの館は、静寂という名の檻のようだった。ここには豪奢な舞踏会も、貴族たちの視線も、王太子や両親の怒声もない。ただ波の音と、夜の冷気と、己の内に渦巻く声がある。

(──地下の揺らぎの向こうに、たしかに魔界門があった。魔界門があるのなら、今度こそしっかり探し出してみせる。そして材料を揃えて必ず、帰る)

 あの日感じた、地下に満ちる懐かしい気配。あれは間違いなく、魔界からの呼び声だった。

 けれど、人間界から魔界門を開くには条件がある。

 「絶望」と「強い欲望」。

 「本来悪魔は、強い欲望を持つ人間が、悪魔による誘惑や人の世のしがらみによる絶望を超え、それを叶えるに足るかを試す者……。だから絶望と欲望の両方に触れていなければ帰れない」
 魔界の学校で幾度も聞かされた教え。

(……誰かの悲劇を利用しなければ、帰れない……)

 オリヴィアの胸に、ほんの一瞬だけ、ざらりとした罪悪感が芽生えた。

 だが次の瞬間、それは打ち消された。
 連日の夢のおかげだった。

(──魔界で家族になった、あの子たちのため。マイロも、エイヴァも、ギルバートも。私が帰らなければ、誰が守るの?)

 (しっかりしなさい!オリヴィア!あなたは悪魔の娘でしょう!)

「悪魔の仕事の一つは絶望を集めること。その方法は、人々の悲しみに触れること」

 かつてノクティレアが言っていた。

「けれど、ただ悲しみを奪うだけの悪魔にはなるな。触れたなら、見たなら、少しでも救ってあげな。『それ』は禁止されていない。悪魔だって、そういう選び方はできるよ」

 ──選ぶのは、私。
「悪魔は自分のしたいように生きる者。人間界でもそう伝わっているだろう?」

(そうよ、私は帰りたいから帰るの。誇り高い悪魔の娘としてね。)

◇◇◇

「シャーロット、少し……外に出たいのです」

 朝の食堂。まだ体調は万全ではなかったが、湯気の立つスープをひと匙すくったタイミングで、オリヴィアはそっと告げた。

 シャーロットの表情が一瞬だけ動いた。

「……体調は、本当に回復されたのですか?」

「ええ、まだ完璧じゃないけど。……でも、ずっと閉じこもってばかりは、余計に身体に悪い気がして」

 それは決して嘘ではなかった。魔界でも、塞ぎ込んだ弟妹たちを元気づけるために、よく外に連れ出していた。身体よりも、心の方が先に腐ってしまうことを、彼女は知っている。

 シャーロットはしばらく考えた末、静かに頷いた。

「では、海辺の小道を少しだけ……警護も最低限に留めます。ただし、倒れそうになったら、必ず言ってください」

「ありがとう」

 また、素直に口をついて出てしまった言葉。オリヴィアは内心で苦笑した。

(……もう、「ありがとう」を言う自分を止められそうにないわね)
それでもなんだか気分が良かった。
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