悪魔の娘が帰還するまでーささやかな復讐と聖女の称号を添えてー
第十五章:神様のシナリオ
「……ああ、なんか大変そうだから、少し昔話でもしようか。この国の王家はこの場所で、『百年の繁栄』と引き換えに『最大の絶望』を差し出す大掛かりな契約を結んだ。最大とは何か?――『未来』だよ。例えば、希望を抱いた子どもを残酷な手段で殺すことだ」
「……‼︎」
「だからこの国には意図的な貧富の差が保たれ、国の繁栄にほとんど影響はないが、ごく一部の地域には必ず天災が落ちる。
飢饉、疫病、土砂、乾き。常に『絶望の洪水』を起こし、自動的にこの門に絶望を送るよう仕組まれている」
オリヴィアは顔を上げられず、肩で息をしている。返事がないまま、フィンレイは続ける。
「百年の契約履行のため、魔界門を設置し、絶望と引き換えに魔界から魔力が供給され続けた。
王家はここを別荘として管理したが、魔界との繋がりを畏れ、やがて愚かな子孫が後世に伝えることを禁止した。
実にバカな話だ。見ないふりをしたところで、契約がなくなる訳じゃない」
やっと身体が少し起こせるようになった。胃の中が渦巻いている気がするが、魔界の医療魔術で黙らせた。
(封印解除の副作用は、自然な体調不良じゃないから、この術では、いずれ反動が来るけれど、今は治まるまで待っていられないわ。)
「ノクティレアの屋敷には、この国の子供が多かっただろう?」
まさにオリヴィアが気になっていたことだった。
「契約は末期だ。百年の繁栄と引き換えに、今は滅びの側に傾いている。
いくら絶望があっても、この契約については、もう門は受け取らない。
空は晴れず、作物は育たず、人々は病に罹り、未来を担う子供たちは減り続ける。それが、悪魔へ願いを立て続けた国の末路さ」
オリヴィアは唇を噛んだ。何の罪もなく殺された弟妹の、殺された夜が怖いと言い、それでもその原因である親の名を呼びながら泣いている瞳が、闇の底からこちらを見ている。
(許せない……。許せない!許せない‼︎)
「っぷぐ、子供たちは、何も悪くないじゃない!」
「俺に言われたって困るよ。国が滅ぶってことは国民が滅ぶってことだろう?そういう契約なんだから仕方ない。
大体こういう大きな契約はもっと上の連中がーー、それこそ神だの天使だのも巻き込んでいることなんだろうさ。
悪魔は課題を与えるだけだよ。世界のシナリオを書くのはあっちだ。
ほら、こうして子供の犠牲の元の繁栄は長続きしないですっていう後世への見せしめとか?何か意味があるんじゃないか?」
オリヴィアの喉が鳴らした変な音を揶揄うこともなく、フィンレイは淡々と答えた。
「ハッ、最低なシナリオね……。作家をクビにした方がっ、良いわ……。」
「君は悪魔と契約せずに門を通ろうとしている。この大門を開けるなら、大量の絶望を受け取るだろう。……出来るならね?」
「……わかってるわ」
フィンレイはまた整った口唇の端を曲げて、にやりと笑った。
「この国の不幸はあちこちにあるものだ。物理的には可能かもしれない。これも何かの縁だからね、ちょっとプレゼントをあげるよ。
君の弟妹、兄姉たちを――、『子どもを贄に捧げた連中』から『やってしまえよ』」
そう言ってフィンレイは霧のように消えた。
残ったのは魔術用の上等な黒い羊皮紙。熱と鼓動、それと強い決意だけ。
しばらくしてオリヴィアは壁際に腰を下ろし、額を押さえた。胸の圧迫が収まっていき、指先の痺れがマシになった。
(大丈夫。行ける)
屋敷の外で、夜風が海霧を攫っていくのが分かる。悪魔と契約しておきながら、水の加護を得るための工夫もしてあるのだろう。水の祝福の言葉を唱えると段々と気分がマシになっていった。
(くそ、最低……。最低最低最低!これだから人間は嫌い!)
フィンレイは兄姉についても言及した。
オリヴィアに懐いてくれる弟妹のように、兄姉たちはオリヴィアを妹として可愛がってくれた。
まだ魔界に来たばかりの頃のオリヴィアは、毎夜一日分の悪夢に魘され、魔界では存在しない肉体の傷に怯え、狂ったように泣きながら起きていた。
そんなオリヴィアを、引っ掻かれたり、洟水が付いたすることも厭わず、抱きしめ頭を撫でてくれていた。
兄姉たちからは、あまり魔界に堕とされた時の話を聞いたことがない。怖がらせないようにという配慮であり、思い出したくないということだろう。
だが、フィンレイのあの口振り。兄姉も弟妹も、もしかするとオリヴィア自身も、この国の出身者は、王家と悪魔の契約による滅びの道筋の一欠片なのだ。
(どうして……、何が、何がそういう契約よ!)
気持ちの整理はつかないが、時間がないので水の魔術で石床を掃除する。何に使ったのか分かりすぎる排水溝と傾斜の付いた床が、液体の掃除に適している。
目から勝手に落ちていく液体もよく流れる。
(神様のシナリオなんて知らない!そんなもの、私が書き直してやるわ‼︎)
「ぅぐううぅ……‼︎」
反動がやって来た。酷い目眩だ。頭が割れる。
(待って、まだ持って……!)
この身体でどこまで出来るか分からないけれど、いいえ、出来るところまで……!
やらぬより少しでもやる方がいいに決まっているわ!やってやる!必ず母さんの娘として、矜持を守って、絶望を救って帰る!
(悪魔は自分がしたいように生きる者!私は悪魔の娘なのだから!同じように生きてやる!)
「……‼︎」
「だからこの国には意図的な貧富の差が保たれ、国の繁栄にほとんど影響はないが、ごく一部の地域には必ず天災が落ちる。
飢饉、疫病、土砂、乾き。常に『絶望の洪水』を起こし、自動的にこの門に絶望を送るよう仕組まれている」
オリヴィアは顔を上げられず、肩で息をしている。返事がないまま、フィンレイは続ける。
「百年の契約履行のため、魔界門を設置し、絶望と引き換えに魔界から魔力が供給され続けた。
王家はここを別荘として管理したが、魔界との繋がりを畏れ、やがて愚かな子孫が後世に伝えることを禁止した。
実にバカな話だ。見ないふりをしたところで、契約がなくなる訳じゃない」
やっと身体が少し起こせるようになった。胃の中が渦巻いている気がするが、魔界の医療魔術で黙らせた。
(封印解除の副作用は、自然な体調不良じゃないから、この術では、いずれ反動が来るけれど、今は治まるまで待っていられないわ。)
「ノクティレアの屋敷には、この国の子供が多かっただろう?」
まさにオリヴィアが気になっていたことだった。
「契約は末期だ。百年の繁栄と引き換えに、今は滅びの側に傾いている。
いくら絶望があっても、この契約については、もう門は受け取らない。
空は晴れず、作物は育たず、人々は病に罹り、未来を担う子供たちは減り続ける。それが、悪魔へ願いを立て続けた国の末路さ」
オリヴィアは唇を噛んだ。何の罪もなく殺された弟妹の、殺された夜が怖いと言い、それでもその原因である親の名を呼びながら泣いている瞳が、闇の底からこちらを見ている。
(許せない……。許せない!許せない‼︎)
「っぷぐ、子供たちは、何も悪くないじゃない!」
「俺に言われたって困るよ。国が滅ぶってことは国民が滅ぶってことだろう?そういう契約なんだから仕方ない。
大体こういう大きな契約はもっと上の連中がーー、それこそ神だの天使だのも巻き込んでいることなんだろうさ。
悪魔は課題を与えるだけだよ。世界のシナリオを書くのはあっちだ。
ほら、こうして子供の犠牲の元の繁栄は長続きしないですっていう後世への見せしめとか?何か意味があるんじゃないか?」
オリヴィアの喉が鳴らした変な音を揶揄うこともなく、フィンレイは淡々と答えた。
「ハッ、最低なシナリオね……。作家をクビにした方がっ、良いわ……。」
「君は悪魔と契約せずに門を通ろうとしている。この大門を開けるなら、大量の絶望を受け取るだろう。……出来るならね?」
「……わかってるわ」
フィンレイはまた整った口唇の端を曲げて、にやりと笑った。
「この国の不幸はあちこちにあるものだ。物理的には可能かもしれない。これも何かの縁だからね、ちょっとプレゼントをあげるよ。
君の弟妹、兄姉たちを――、『子どもを贄に捧げた連中』から『やってしまえよ』」
そう言ってフィンレイは霧のように消えた。
残ったのは魔術用の上等な黒い羊皮紙。熱と鼓動、それと強い決意だけ。
しばらくしてオリヴィアは壁際に腰を下ろし、額を押さえた。胸の圧迫が収まっていき、指先の痺れがマシになった。
(大丈夫。行ける)
屋敷の外で、夜風が海霧を攫っていくのが分かる。悪魔と契約しておきながら、水の加護を得るための工夫もしてあるのだろう。水の祝福の言葉を唱えると段々と気分がマシになっていった。
(くそ、最低……。最低最低最低!これだから人間は嫌い!)
フィンレイは兄姉についても言及した。
オリヴィアに懐いてくれる弟妹のように、兄姉たちはオリヴィアを妹として可愛がってくれた。
まだ魔界に来たばかりの頃のオリヴィアは、毎夜一日分の悪夢に魘され、魔界では存在しない肉体の傷に怯え、狂ったように泣きながら起きていた。
そんなオリヴィアを、引っ掻かれたり、洟水が付いたすることも厭わず、抱きしめ頭を撫でてくれていた。
兄姉たちからは、あまり魔界に堕とされた時の話を聞いたことがない。怖がらせないようにという配慮であり、思い出したくないということだろう。
だが、フィンレイのあの口振り。兄姉も弟妹も、もしかするとオリヴィア自身も、この国の出身者は、王家と悪魔の契約による滅びの道筋の一欠片なのだ。
(どうして……、何が、何がそういう契約よ!)
気持ちの整理はつかないが、時間がないので水の魔術で石床を掃除する。何に使ったのか分かりすぎる排水溝と傾斜の付いた床が、液体の掃除に適している。
目から勝手に落ちていく液体もよく流れる。
(神様のシナリオなんて知らない!そんなもの、私が書き直してやるわ‼︎)
「ぅぐううぅ……‼︎」
反動がやって来た。酷い目眩だ。頭が割れる。
(待って、まだ持って……!)
この身体でどこまで出来るか分からないけれど、いいえ、出来るところまで……!
やらぬより少しでもやる方がいいに決まっているわ!やってやる!必ず母さんの娘として、矜持を守って、絶望を救って帰る!
(悪魔は自分がしたいように生きる者!私は悪魔の娘なのだから!同じように生きてやる!)