悪魔の娘が帰還するまでーささやかな復讐と聖女の称号を添えてー

第十六章:聖女

 「オリヴィア様、もう目が覚めないかと……。」
目を覚ますと、泣きじゃくったシャーロットのくしゃくしゃな顔が目に入った。

 聞けばまた図書室の床で倒れており、発見されてから三日懇々と寝ていたらしい。

恐らく隠し扉から転がり出た際に、勢い良く扉を閉じてしまい、本棚が揺れて本が何冊も落ちた。

音に気づいた例のメイドが、本に埋もれて倒れているオリヴィアを、またしても見つけてくれたそうだ。

「……申し訳ありません。迷惑を掛けました。」

 彼女はオリヴィアの回復を心から喜んでいたが、同時にひどく不安げでもあった。
そんな彼女に言い出すのは少し勇気がいったが、オリヴィアは小さな声で伝えた。

 「……お願いがあります」
 オリヴィアは静かに告げる。

 「体調を戻さなければいけません、少し外を歩きたいの。空気を吸って、村に行って、人々の声を聞きたいわ」

 シャーロットは溢れそうなほど目を見開いた。何か言いたげに口を開くが、すぐに頷いた。

 非常に癪だが、医師に見せても病気ではないという診断であるため、婚約破棄から心に傷を負ったことからの体調不良だと思われているのだろう。

 「……ご用意いたします。ですが、身分は隠したほうがよろしいかと」

 「ええ。王家の別荘地ですものね。私を知っている方がいるかもしれない。『元皇太子の婚約者』と気付かれたくないわ。名乗るつもりもない。ただ……私を、ただの訪問者として扱ってもらいたいわ」

◇◇◇

 数日後。

 オリヴィアはシャーロットの手配で、控えめな服装に身を包み、念のため別荘の隣村を訪れた。

 海から少し離れた農村。ライルがいる村の隣とあって同様に作物が取れず、病も流行していると聞いた。

 最初に出迎えたのは、骨ばった老婆だった。
オリヴィアとシャーロットをジロリと見て、やはり上級なものだと思ったのだろう。警戒した視線を向けた。
 「あんたら、誰の使いだい?」

 「誰の使いと言われても……。隣の村にある王家の別荘にいる人から、困っている人の話を聞かせてほしいと言われている人にお願いされて……その……」

 「ああ、貴人様の道楽か。悪いがあんたの話を聞いたところで、腹は膨れねぇよ」
その通りだ。
だが、オリヴィアは小さな瓶を取り出す。

 「これは、私の故郷で飲まれている薬草酒です。咳や熱、腹痛などの症状に効くかもしれません」
ライルとその母の症状を元に、近隣の村なら似たような病なのではと当たりを付けて魔術薬を作成しておいた。

「……胡散臭いね」
シャーロットも顔に出さないようにしているが、驚いている。

 「効かなければ、貴人様に突き出してもらっても構いません。ただ、胡散臭い薬でも必要な方がいる筈です。」

老婆はしばらく睨みつけていたが、やがてため息をつき、その薬を手に取った。
「好きにしな。どうせ他に来る人間も、収穫するものもねぇ。」

 その日から、オリヴィアは村の中を巡り、人々の話を聞いた。

嘆き、怒り、諦め──王国への不信。領主への恨み。医者の来ない苛立ち。

彼女はそれを静かに受け止め、魔界で学んだ知識で解決できることについては積極的に関わった。

 するとどうだろう。
馬車で通う内、一週間後には、彼女のもとに列をなす村人の姿があった。

 やがて彼らは、オリヴィアについて、こう囁くようになった。

 「……あんた、ただのお使いじゃないね」
 「いや、神様の遣いかもしれない」
 「聖女様だって、噂になってるぜ」

 オリヴィアは、謙遜はするが否定せず、曖昧な返答を返した。
 (恥ずかしいけれど、そう呼ばれることには意味がある。私をきっと、他の絶望に連れて行ってくれるわ)

 「聖女様、いつも有難う!」
オリヴィアはくすぐったくて、赤い頬を隠すように俯きながら、どういたしましてと精一杯答えた。

 絶望を集めた指輪の赤い石は静かに煌めいた。
オリヴィアの頬の赤さに同調するように。
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