悪魔の娘が帰還するまでーささやかな復讐と聖女の称号を添えてー
第三十三章:混乱
夜空に裂け目が走り、王城の奥――血の陣と檻と、王太子の顔までもが街に晒された。
石畳に立ち尽くした人々は声を失い、ただ頭上を仰ぐ。沈黙は、かえって耳を痛くした。
やがて、誰かが叫んだ。
「……あれ、子どもじゃないか! 檻に閉じ込められてる!」
空気が爆ぜるようにざわめきが広がる。灯が倒れ、油の匂いが鼻を刺した。
路地では母親が膝をつき、両手を合わせた。
「どうか……どうか無事で……!」
隣で父親は唇を噛み、石畳に血を落とした。
次の瞬間、映像は揺れ、陣が崩れ、子どもたちの影が煙の中から消える。
王都のあちこちで戸が叩かれた。
「お母さん!」――掠れた声。
扉を開いた母は、泥と血にまみれた息子を抱き締め、喉を裂くように泣いた。父は二人を覆うように抱き、声にならない声を上げる。
「戻った! 戻ってきたぞ!」
その歓喜が連鎖し、街の至る所で抱擁と涙が弾けた。だが同時に――怒りもまた燃え上がる。
「王太子め、子どもを殺す気だったのか!」
「悪魔と契約していただと⁉︎」
石が投げられ、徴税所の窓が割れた。夜警が駆け寄り、剣を抜く音が響く。市場の若者たちが対抗して棒を振り上げる。暴力はまだ散発だが、火種は街中に落ちていた。
孫を抱きしめてながら、老婆が泣きながら呟く。
「助けてくれたのは……銀の髪の聖女だ。あの子が……」
「オリヴィア様!」
子供が元気良く名を呼んだ。
◇◇◇
そのころ、貴族街のある家の裏門では馬車が軋んでいた。
「急げ! 荷は半分でいい、夜明け前に出ろ」
貴族の男が怒声を響かせていた。
召使いが慌ただしく木箱を積み、貴族のケバケバしい女は宝石箱を胸に抱えて震えている。
女の横にいる娘は気配を消していた。頬には大きな痣がある。苛立った貴族の男に振りかぶって殴られた。
パァンッ‼︎と破裂音が響き、慌てて女性が止めた。
「あなたダメよ!目立ってしまうわ‼︎」
「エミリー…‼︎こいつがあの乙女を上手く使えなかったせいで…、こいつのせいで…」
娘エミリーは地面に伏したままだった。小声で「私のせいじゃない、私のせいじゃない……」と呟いている。
「旦那様、急ぎましょう!」
執事が急かし、娘は侍女に二人に抱えられる。
「……例の失敗した奴は、足が付かないようにしただろうな」
「ええ旦那様…いつも通りに」
「念のため国外に出たら、仲介屋も消す手筈を整えねばならんかもしれん。くそっ!あの時仕留められていたら…!エルフォードめ!」
不穏な会話をしながら、質素にしたつもりで夜逃げにしては豪華な馬車に乗り込む男。
「乙女様の取り巻きの家だろ」「逃げるのか?」「やっぱり共犯なんじゃないか」
囁きが近所の人々の口にのぼり、怒りと軽蔑が混じる。
そしてーその中の一人の若者は、暴動のための斧を手にしていた。
若者と恋人の息子は生まれたばかりだった。真夜中に子供が拐われそうになったのを、必死で抱きしめ抵抗した恋人は、背中を何度も刃物で切り付けられていた。
暴漢が去った後、自身の胸から息子の顔を離してーー窒息していることに気がついた。
先日恋人は自分で首を吊って死んでしまった。
若者は馬車に向かって斧を振り上げた。
街は歓喜と怒り、祈りと暴力が渦を巻く大河のようだった。
子を抱いて泣く者の肩越しに、石を掲げる者がいる。
笑いながら涙を流す者の隣で、夜逃げを急ぐ馬車が闇に消える。
その全ての影で、子供たちの温かな言葉が繰り返された。
「オリヴィア様……ありがとう」
石畳に立ち尽くした人々は声を失い、ただ頭上を仰ぐ。沈黙は、かえって耳を痛くした。
やがて、誰かが叫んだ。
「……あれ、子どもじゃないか! 檻に閉じ込められてる!」
空気が爆ぜるようにざわめきが広がる。灯が倒れ、油の匂いが鼻を刺した。
路地では母親が膝をつき、両手を合わせた。
「どうか……どうか無事で……!」
隣で父親は唇を噛み、石畳に血を落とした。
次の瞬間、映像は揺れ、陣が崩れ、子どもたちの影が煙の中から消える。
王都のあちこちで戸が叩かれた。
「お母さん!」――掠れた声。
扉を開いた母は、泥と血にまみれた息子を抱き締め、喉を裂くように泣いた。父は二人を覆うように抱き、声にならない声を上げる。
「戻った! 戻ってきたぞ!」
その歓喜が連鎖し、街の至る所で抱擁と涙が弾けた。だが同時に――怒りもまた燃え上がる。
「王太子め、子どもを殺す気だったのか!」
「悪魔と契約していただと⁉︎」
石が投げられ、徴税所の窓が割れた。夜警が駆け寄り、剣を抜く音が響く。市場の若者たちが対抗して棒を振り上げる。暴力はまだ散発だが、火種は街中に落ちていた。
孫を抱きしめてながら、老婆が泣きながら呟く。
「助けてくれたのは……銀の髪の聖女だ。あの子が……」
「オリヴィア様!」
子供が元気良く名を呼んだ。
◇◇◇
そのころ、貴族街のある家の裏門では馬車が軋んでいた。
「急げ! 荷は半分でいい、夜明け前に出ろ」
貴族の男が怒声を響かせていた。
召使いが慌ただしく木箱を積み、貴族のケバケバしい女は宝石箱を胸に抱えて震えている。
女の横にいる娘は気配を消していた。頬には大きな痣がある。苛立った貴族の男に振りかぶって殴られた。
パァンッ‼︎と破裂音が響き、慌てて女性が止めた。
「あなたダメよ!目立ってしまうわ‼︎」
「エミリー…‼︎こいつがあの乙女を上手く使えなかったせいで…、こいつのせいで…」
娘エミリーは地面に伏したままだった。小声で「私のせいじゃない、私のせいじゃない……」と呟いている。
「旦那様、急ぎましょう!」
執事が急かし、娘は侍女に二人に抱えられる。
「……例の失敗した奴は、足が付かないようにしただろうな」
「ええ旦那様…いつも通りに」
「念のため国外に出たら、仲介屋も消す手筈を整えねばならんかもしれん。くそっ!あの時仕留められていたら…!エルフォードめ!」
不穏な会話をしながら、質素にしたつもりで夜逃げにしては豪華な馬車に乗り込む男。
「乙女様の取り巻きの家だろ」「逃げるのか?」「やっぱり共犯なんじゃないか」
囁きが近所の人々の口にのぼり、怒りと軽蔑が混じる。
そしてーその中の一人の若者は、暴動のための斧を手にしていた。
若者と恋人の息子は生まれたばかりだった。真夜中に子供が拐われそうになったのを、必死で抱きしめ抵抗した恋人は、背中を何度も刃物で切り付けられていた。
暴漢が去った後、自身の胸から息子の顔を離してーー窒息していることに気がついた。
先日恋人は自分で首を吊って死んでしまった。
若者は馬車に向かって斧を振り上げた。
街は歓喜と怒り、祈りと暴力が渦を巻く大河のようだった。
子を抱いて泣く者の肩越しに、石を掲げる者がいる。
笑いながら涙を流す者の隣で、夜逃げを急ぐ馬車が闇に消える。
その全ての影で、子供たちの温かな言葉が繰り返された。
「オリヴィア様……ありがとう」