悪魔の娘が帰還するまでーささやかな復讐と聖女の称号を添えてー

第三十四章:幸せを願う者

 王城の医室。
 オリヴィアは薄い寝台に横たえられていた。指先は氷のように冷えており、シャーロットが握っても、身体をいくらさすっても、一向に熱が戻らない。

「オリヴィア様…!お願いです!どうかご回復なさってください!」

 「シャーロット殿、よろしいでしょうか。」
「何でしょうか?後で良いならそのように」

「オリヴィア様のかかりつけ医が参りました。シャーロット殿はこちらに」

貴族御用達病院でオリヴィアを診てくれた医師がヨレヨレの白衣で現れた。目が充血しているのは就寝中だったのだろうか。走ってきたようで、汗をかき、ぜいぜい言っている。

「事件と聞きましたが、オリヴィア様は⁉︎ ああ…良かった、生きてる…」

涙ぐむ医師にオリヴィアを託し、シャーロットは自身を呼びに来た近衛と話しながら移動する。

「…シャーロット殿、私は今夜のことを同僚伝いに噂で聞いただけなのですが、何故貴方はあの場面で男達の前に飛び出したので?」

「私は王侯貴族の方々をお守りする訓練も受けておりますので、多少は動けます。」

「ああ失礼。いえ、そういうことではなく…オリヴィア様はこの計画を貴方だけに話されていたのかと……。もし失敗していたら、オリヴィア様はきっと…、殺されていました。」

シャーロットの唇が戦慄いた。
「本当にそうです…。オリヴィア様は死ぬところでした。あんな魑魅魍魎の巣に、単身で……。私は何も教えていただけなかった……!」

「…それは貴方に迷惑を掛けないようにとのオリヴィア様のご配慮でしょう」
「分かっています、分かっています…。オリヴィア様はいつもボロボロになって、一人で全て抱えてしまわれる。優しすぎる…。
 子供を助けられなかった時には、住居もない身分の母親に罵倒されても文句ひとつ言わず、母親と共に泣いて、謝られておられました。」

「泥にまみれて遊ぶ子らに誘われれば、粗末な服で一緒に遊び、お身体が弱いのに差し出された野菜をその場で食べて、お礼を述べておられました。」

「私は、私に出来ることをしたくて…。
オリヴィア様が今までにご訪問された村や町の方々にお手紙を書かれると仰った時に胸騒ぎがしたんです。まるで…別れの挨拶にようで」

近衛は黙ったまま頷いた。

「手紙を届ける際に、受け取り主にそのことを伝えて、許可をもらって中を見ました…。詳しい事情は話せないけれど、この日時に複数の子供達を村役場に転移させるので、どうか保護してほしいと…。

またオリヴィア様は一人で何か大変なことをしていると思い至りました。しかも複数の村や町に同じ依頼をしていて、これはオリヴィア様に危険が迫っているのではと不安で、それで……私は、私は……」

シャーロットは涙を溢れさせながら、拭うことも忘れているかのように告白した。

「丁度一昨日、儀式の前日にオリヴィア様が倒れた際に怪我をされて、出血を拭いました。その血を以って、自分で服従の呪いをかけました…。
これで私はオリヴィア様の奴隷です。どこにいても主人の危機には転送され、助けねばなりません。」

「シャーロット殿!貴族の貴方が奴隷になるなど!」
「こうしなければオリヴィア様は…!いえ、この国の子ども達は生贄にされるところでした!」

ぐぅと蛙を潰したような声が近侍の喉から漏れた。
シャーロットは襟裳のボタンを外し、首から鎖骨の辺りまで奴隷を表す紋が刻まれていることを見せた。

「……貴方は凄い。国のために軍人になった筈なのに、近衛になっても私にはそのような覚悟がなかった。」

シャーロットは涙で濡れた顔に、それでも笑みを浮かべた。

「いいえ、私はただ……願っただけです。オリヴィア様の幸せを。そして、この国の子どもたちの未来を」
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