悪魔の娘が帰還するまでーささやかな復讐と聖女の称号を添えてー

第三十五章:苛烈な復讐

 王都の朝は薄く濁っていた。
 オリヴィアが倒れてからもう七日、王城の医室では、うわ言ひとつなく眠る彼女の布団が静かに上下している。額にのせられた冷魔布はすぐに温み、取り替えるたびにシャーロットの指先がかすかに震えた。

 栄養や薬の管が何本も細い身体に取り付けられている。

若い看護師達がこっそり覗きに来て廊下で囁いている。
「まるで吊るされているようだわ…」
「ちょっと!」
「だって、このまま天まで引っ張り上げられてしまいそうで…!」
「きっと大丈夫よ、新しい魔法薬を投与するって決まったじゃない」
「でもそれって、副作用がキツイやつじゃないですか……あのお身体で耐えられるか…。」

 ――やがて医室の薄闇で、オリヴィアは静かに目を開けた。
 身体は鉛のように重い。けれど、耳はよく働く。廊下を行き交う足音、扉の向こうで押し殺した声、紙の擦れる音。

 オリヴィアは魔力を振り絞って情報収集に力を注いだ。

 細い細い糸のようにあらゆる場所へ意識を向ける。

 追い詰められた王太子や、その後援であるエルフォード家が、オリヴィアを殺そうと目論むことが十分に考えられたからだ。

 情報は渦水のように集まる。王太子は言い訳に追われ、王は塞ぎ込み、……エルフォード家は――動いた。

「嗚呼……。」
初めに浮かんだ感情は、「やはりそうだった」という諦めだ。
 (分かっていたわ。そういう人達だって…)

 我が子の帰還を泣いて喜び、苦しいほど抱き締める親たちを見すぎたせいか、身体が弱っているせいか。

 世間で聖女と呼ばれるほどに、オリヴィアが頑張っても、実父母はオリヴィアを認めなかった。再度捨てたのだ。

(駄目ね、オリヴィア。しっかりしなさい、あなたは悪魔の娘よ。)

「私を“元に戻す”つもりね。人格を剥ぎ、器にする。――なら。」
 胸の底で、氷のように澄んだ決心が固まる。
 この儀式を、利用する。
 自分の魂を魔界へ帰還させるために。そして、儀式そのものは失敗するように仕込む。

(愚かね、人間。あなた達のお陰で私の帰還が早まるわ)
オリヴィアはくすくすと笑った。けれどその眦からは涙が溢れていた。

(今までで一番苛烈にしてあげる‼︎
貴方たちが最も厭う方法で罰してあげるわ!美しさに固執する母上も王太子も見るも無惨にしてあげる!
父上、エルフォード家はおしまいよ!あなたのせいであなたの代で、エルフォードの名は地の底に落ちるの!
ああアイラ、子供たちを救う力を持ちながら遊び回っていたあなたに、子供たちの痛みを味わわせてあげる!)

 オリヴィアは両親にも王太子にも、これまで感情を向ける価値すらないと思っていた。

オリヴィアにはもう、魔界に“本当の家族”がいる。

 (私が本当の家族の元に帰ることすら邪魔をするなら、話は別よ。)

 胸の奥で、黒く強い熱が生まれる。復讐という名の、冷たく鋭い熱と欲だ。

 今にも死んでしまいそうなほどの哀しみと共に。
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