追放聖女の帰還

聖女に接待は不要です

 半月馬車に揺られ、サーシャは王都に到着した。

 旅の間、アズレイトは時折種馬トークをかますことはあったけれど、ずっとサーシャのことを大切に扱ってくれた。

 そのおかげで、予定より数日到着が延びてしまったけれど、サーシャが慣れない旅路に戸惑っていたのも事実。だから逆に感謝している。怒られたら一緒にお説教を受けてもいいと思うくらいに。

 な、の、だ、け、れ、ど、も。

 現在サーシャは、王宮のとある一室で大変イライラしている。

 もう「うわぁーっ」と叫んで、手当たり次第に目についたものをぶん投げたいくらい、不快指数はマックスレベルだ。

***

「さぁ聖女さま、紅をさしましょう」
「さぁ聖女さま、髪を結いましょう」
「さぁ聖女さま、爪を磨きましょう」
「さぁ聖女さま、靴を履きましょう」

 似たような恰好に、似たような笑みを貼り付けている王宮侍女達にそんなことを言われても、サーシャは頷くどころかプルプルと首を横に振って壁へと移動する。

 けれど侍女達は、そんなサーシャにじりじりと近づいてくる。

 よく見れば、口元こそ笑みを浮かべているが、その目は笑っていない。揃いも揃って「いい加減、観念しろよ」と訴えている。

 サーシャもサーシャで侍女達に「いや、マジで無理!」と、目で訴え返す。

 とはいえ4人対1人では、多勢に無勢。ライボスア国は君主制のはずだが、この部屋だけ治外法権で民主制がまかり通ろうとしている。
 
 横暴な女王のせいで、アズレイトの首を守るために王都へと来たのに、今度は多数決で知らない人間の手によって身体をもみくちゃにされようとしている。

 これを理不尽と言わずに何と言おう。

 そしてとうとう必死の抵抗も虚しく、サーシャは壁際に追い詰められてしまった。一縷の望みをかけて、涙目で首を横に振ってみるが、侍女達もすかさず首を横に振る。

 まるでサーシャが一方的に虐められている光景だが、侍女達は女王と対面するサーシャの身支度を整えようとしているだけなのだ。

 しかし生まれてからずっと森暮らしのサーシャにとって、人前で服を脱ぐことができる大人がいることに驚きを隠せないし、赤の他人から子供のように服を脱がされるなんて恐怖でしかない。

 これぞまさにカルチャーショック。しかし残念ながら、この溝を埋めてくれる人は誰もいなかった。

 その後、すったもんだの挙句、サーシャが折れた。

 なぜなら、追い詰められていたのはサーシャだけではなかったから。

 半泣きになって拒否するサーシャを見て、何を勘違いしたのかわからないが侍女の一人がおよおよと泣き出したのだ。

 そしてしゃっくりを上げながら、こんなことを叫んだのだ。

「お着換えをしてくれなければ、わたくし共の首が飛びます!!」

 ……え゛、また首??

 なぜこうも王都に住まう連中は、首と胴の相性が悪いのだろう。

 サーシャは煌びやかな王都に潜む闇を垣間見て、身体をぶるりと震わせた。

 もちろん、侍女達は聖女の身なりを整えることができなかった程度で首を刎ねられることはないし、女王はそ(・)こ(・)ま(・)で(・)暴君ではない。

 ただ泣き崩れてしまったメイドは、まだここで働き始めて日が浅く、古参のメイドから、ちょっとしたミスでも首を刎ねられるよと脅されていただけのこと。

 そんな行き違いから勘違いをしたサーシャは、嫌々ながらもメイドの手を借りて“いかにも聖女”っぽい衣装を身に着ける羽目になってしまった。

 それからしばらくしてサーシャが部屋を出ると、廊下には絵に描いたような王子姿のアズレイトが待ち構えていた。

 アズレイトはサーシャを見るなり、眩しそうに目を細める。

「お綺麗です。サーシャ様。ただ……なぜ竪琴までお持ちで?」

 不本意なドレスアップをして部屋から出た途端、そんな質問をアズレイトから受けたサーシャは「別にいいじゃん」と吐き捨てた。

 お世辞感丸出しの台詞も聞きたくなかったし、くだらないことを聞いて欲しくもない。

 王都に到着してまだ数時間しか経っていないのに、サーシャは既に疲労困憊だ。そしてもう、首ネタで振り回されるのもいい加減にしてほしい。

 だから手荷物全部を持って女王に謁見して、ちゃっちゃと浄化の儀を終えて、すぐ帰路につくつもりでいる。

「私、女王陛下に会ってくるから」
「お持ちくださいサーシャ様。おい……お前たち、聖女様に何をした?」

 サーシャを引き止めたアズレイトは、後ろに控えている侍女達を問い詰める。その口調も視線も鋭く、事と次第によったら首を跳ねると言いたげだ。

(また、首ネタですか……) 

 うんざりしたサーシャは、空いてる方の手を伸ばしてアズレイトの袖を引く。

「あのね、あの人達は……っ!」

 アズレイトと目が合った途端、サーシャは言葉を失った。

 パリッとした衣装に着替えて、更にキラキラ感が増したアズレイトは、直視できないほど美しい。
 
 マントを両肩に掛けず、片側だけに引っ掛けているのは不思議だが、そんな疑問など”イケメンだから”の言葉で片付けられるほど、良く似合っている。

「サーシャ様?」

 アズレイトは膝を折り、急に無言になったサーシャを覗き込む。

「ご気分でも悪いのでしょうか?それとも口にできないほどお辛い目にあったのでしょうか?どうか教えてください」

 切実に訴えるアズレイトに、サーシャは本音をぶつけることなんてできるわけがない。

「ち……違う、そうじゃない。あの人達は何も悪くない。ただ私が……こういう場所でのしきたりに慣れてないから疲れただけ」
「さようでございましたか」 

 素直に頷くアズレイトだが、その表情は納得しきっていない。

 それがわかっていてもサーシャは、気づかないフリをして「行かないの?」とアズレイトを急かした。
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