追放聖女の帰還

聖女に褒美は不要です!

 浄化の儀を行うために用意された衣装は、サーシャのリクエスト通り、一人で着ることができる簡素なワンピースだった。

 浄化の儀には動きやすい服装で挑みたいと事前に伝えておいたが、こちらが拍子抜けするほどエカテリーナがあっさりと要求を呑んでくれたのは驚きだ。

「こんなことなら、滞在中もドレスなんか着たくないと主張すればよかったな」

 今更どうすることもできないことを口にしながら、サーシャは手早く身支度を整える。

 そして着替えが終わると、朝食代わりに部屋に常備されている銀のトレイからブドウを数粒摘まんで朝食代わりにする。

 国が救われるか、滅ぶか──そんな大事な局面だというのに、サーシャの心はとても落ち着いていた。

「それじゃあ、行くとしますか」

 ググッと両腕を伸ばして気合を入れたサーシャは、自前の竪琴を抱えて廊下に続く扉を開ける。けれど、ドアノブを手にしたまま顔が引きつってしまった。

「おはようございます、サーシャさま」

 早朝というよりまだ夜明け前なのに、アズレイトが眠気を感じさせない爽やかな笑顔でサーシャを待ち構えていたのだ。

「あー……おはようございます」

 いつから居たの?と疑問に思うより、見つかってしまったことの方がバツが悪くて、サーシャはアズレイトから目を逸らす。

 その仕草をどう受け止めたのかわからないが、アズレイトは「夜明け前から張っていて正解でしたね」と、己の読みが当たったことに誇らしそうな顔をする。

「どうして……そんなことを?」
「サーシャさまとは昨日今日出会った仲ではありません。あなた様の行動くらいもう予測がつきますよ」

 呆れ顔になるアズレイトに、サーシャはどんな表情をしていいのかわからない。

 信用されていないのはわかっていた。そういう言動をしてきた自覚もある。でも──

「……逃げないって言ったのに」

 思わず本音を零したサーシャを見て、アズレイトは露骨に溜息を吐いた。

「あなた様こそ、わたくしを信用なさっておられないのですね。わたくしが見張りのためにここにいるだけだと……そう思っていらっしゃるのですね……」

 寂しそうに微笑むアズレイトは、まるでサーシャを責めているみたいだ。

(どうして?)

 アズレイトの望むまま、サーシャは追放された森を出て王都までやって来た。

 拒んだ接待だって、ちゃんと受けた。兄弟喧嘩の仲裁だってしたし、一度も逃げ出さなかった。 それなのにまだ、アズレイトは自分に不満を持っている。

 その事実に、サーシャは怒りを覚えるより、困惑してしまう。

「ねぇ……私、アズに何かした?」
「いいえ、何も」

 よっぽど何かされた方がマシでしたよ。

 小声で吐き捨てたアズレイトの声は、幸か不幸かサーシャの元には届かなかった。

 けれど何かを感じ取ったサーシャは、これ以上の会話を拒むように歩き出した。

 カツ……カツ……と、二つの足音がしんとした廊下に響く。

 王宮は王族の住居と政務を行う場所。とても広く、たくさんの人がここにいる。

 でも、今、サーシャが歩いている廊下には人の気配はない。それは向かう先が、魔王が封じられている結界──いわゆる<禁域>と呼ばれる場所だから。 
 
(玉座の真下にあるなんて、なかなか面白い)

 サーシャは聖なる姫巫女一族の末裔だけれど、実は結界がどこにあるのか知らなかった。

 王宮に到着してから、その場所を知って大変驚いた。いくらなんでも玉座の真下じゃなくても......と、思った。予想通りこれもうっかり声に出してしまった。しかもエカテリーナの前で。

 失言してしまったサーシャだったが、幸い首を刎ねられることはなく「最悪の場合、わらわが一番に戦えるからな」という女王らしい返答を頂戴した。

 不敵に笑うこの国の女王は、おっかなかったけれど、それ以上にカッコ良かった。

「……あのう、アズ。こんなときにお願いがあるんですが」

 結界に続く廊下を歩きながら、サーシャは小声でアズレイトに声をかけた。

 多少の気まずさを覚えているサーシャとは対照的に、アズレイトは嬉しそうに「何なりとお申し付けください」と言って足を止めようとする。

 サーシャはそれを制してから再び口を開いた。
 
「この服、もらってもいいですか?」
「え?これを……ですか??」
「駄目かな?無事に浄化の儀を終えたらそのご褒美ってことにしてほしいんだけど」

 おずおずと尋ねるサーシャに、アズレイトは首をブンブンと横に振る。

「このようなもの褒美の内に入りません!どうぞお受け取りください。ただ……わたくしとしましては一昨日着ておられました、薄紫色のドレスのほうがお似合いかと。サーシャさまの髪が良く映えてとてもお似合いで───」
「じゃあ、貰えるってことでいいんですね。どうも、ありがとう」

 会話を強制的に終了されたアズレイトは、不服そうだ。でも、サーシャは気づかないフリをし、表情を厳しいものに変えて歩調を早めた。

 禁域が近づいてきて、怖くなったわけではない。

 気を抜けば、安堵のせいで頬が緩んでしまいそうだったから。
< 18 / 39 >

この作品をシェア

pagetop