追放聖女の帰還

聖女と王子の約束

 サーシャの帰路の為に用意された馬車は、王都へ向かう時より豪華な4頭立てのものだった。

 けれどそれに反して、西の森に向かう馬車の速度はひどくゆっくりだ。

 カラカラと車輪の音を聞きながら、サーシャは窓枠に頬杖をついて、ぼんやりと外の景色を見つめている。

 広い車内には、サーシャしかいない。アズレイトは他の騎士たちと同じように馬に乗って馬車の警護にあたっている。

 護衛騎士たちは、王都に向かう時と同じメンバーだ。半月以上一緒に行動した仲なので、顔も名前も覚えている。

「……外、暑そうだな」

 春は気づかぬ間に過ぎて、いつの間にか夏になっていた。

 アズレイトも騎士たちも照り付ける太陽の下、長袖の旅服姿でいるからさぞ辛いだろう。

 けれど彼らはそれを顔に出すことはせず、サーシャの帰路が快適であるようずっと心を砕いてくれている。

「そんなことしなくっていいのに……」
 
 彼らの優し言葉や気遣いに触れるたびに、サーシャは胸が苦しくなる。いっそ今すぐ馬車を降ろされた方が気持ちが楽になる。

 でも、そんな望みを口にすれば「なんで?」と問われるだろう。

 上手に誤魔化すことも、アズレイトのように彼らを傷つけない嘘を吐くこともできないサーシャは、ここで一人溜息を吐くことしかできない。

 一度溜息を吐けば、憂鬱な気持ちは更に大きくなる。サーシャが再び溜息を吐いたその時、アズレイトが馬上から馬車の窓をコンコンと叩いた。

 何か伝えたいことがあるのだろう。サーシャは指2本分だけ馬車の窓を開けた。

「えっと……どうしました?」
 
 なびいた髪を抑えながらサーシャが問いかければ、アズレイトは見慣れた笑みを浮かべる。

「サーシャさま、そろそろ休憩しませんか?」
「いえ結構です」
「そのようなことを仰らないでください。馬車は乗っているだけで疲れるものです」
「……ねえアズ。たしか1時間前にもそんなこと言って、休憩取ったような気がするんですけど?」
「そうでしたでしょうか?きっと、サーシャさまの気のせいでございましょう」
「そんなわけないでしょ」

 呆れ切った表情でサーシャが肩をすくめても、アズレイトは休憩を取る気満々で騎士たちにあれこれと指示を出し始める。

 つまり休憩は提案ではなく、決定事項を告げただけだったようだ。

 帰路に就いてから、早半月。出発してからこんなやりとりを数え切れないほどしているせいで、西の森にはまだまだ距離がある。

「ねぇ、アズ」
「なんでしょう?」
「私を西の森に送り届ける気はあるの?」
「もちろんでございます」
 
 即答したアズレイトは、惜しみなくサーシャに慈愛のこもった眼差しを向ける。

「……そう」

 頷きながら、我ながら馬鹿な質問をしてしまったと、サーシャは馬車が休憩場所に到着するまで、ずっと自分を責め続けた。

 それからしばらくして、サーシャを乗せた馬車は静かに停まった。本日5度目の休憩を取るために。

「さぁ、サーシャさま、足元にお気を付けください」  

 自らの手で馬車の扉を開けたアズレイトは、サーシャに手を差し伸べた。しかしサーシャは、それを無視して一人で降りる。

 馬車が停まる度に繰り返しているのだから、いい加減、諦めて欲しいとサーシャは思っている。でもアズレイトは懲りずに手を差し伸べてくる。

 帰路に就いてからサーシャは意識して、アズレイトに触れられないようにしている。時にはあからさまに拒んでしまう。

「こちらです。足元にお気を付けください」

 無視されたことに苛立つこともせず、アズレイトは寂しそうな笑みを浮かべてサーシャの隣に立って歩き始める。

 少し離れた丘の上で、騎士達だ大きく手を振っているのが見えた。

 丘の上に登ると、サーシャを歓迎するように爽やかな風が吹き抜けた。木の枝がさわさわと揺れ、サーシャのスカートの裾もふわりと靡く。

 帰路に就いてから、サーシャはずっと身体の線が見えないゆったりとしたワンピースばかりを着ている。

 着心地も良いし、締め付けもないから楽でいい。でも、風が強い日はうっかり膝上までめくれ上がってしまうから気を付けないといけない。

 そんなことを考えながら、サーシャは丘の真上にある大きなアセビの木の根に腰かけて目を閉じる。鳥の声や風の音が、耳に心地よい。

 日陰の涼しさも加わり、サーシャが木に背を預けてうつらうつらし始めたその時、サクッと草を踏む音で人の気配を感じた。
 
 重い瞼を開ければ、思いつめた表情を浮かべるアズレイトがサーシャの前に跪いていた。

「サーシャさま、お聞きしたいことがあります」

 アズレイトの口調は丁寧だが、纏う空気は取調官のように厳しい。

 眠気が一気に消えたサーシャは、思わず唾をごくりと呑んだ。
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