スイート×トキシック
第1章 Heaven or Hell?
学級日誌を書いていた手を止める。
放課後の喧騒が耳につくけれど、教室にはわたしひとりしか残っていない。
日誌の下から一枚の封筒を取り出した。
淡いピンク色にレースの柄でふちどられたそれは、思いの丈をしたためた手紙とちょっとした贈りものを入れて封をしてある。
(宇佐美先生……)
胸元で抱くようにして、彼に思いを馳せる。
ふと、始業式のことが蘇ってきた。
『今日からきみたちの担任になった宇佐美颯真だ。1年間よろしく』
最初は硬派でクールというか、ただ冷たい印象を受けた。
それほど年は離れていないようなのに、必要最低限のことを淡々と事務的に話すだけ、といった具合。
どこか高圧的で、近寄りがたい雰囲気をまとっているように感じられて、わたしは怖い先生だと思っていた。
だけど、そのルックスからか女の子たちの間で人気が出始めた。
宇佐美先生ってかっこいいよね、なんて話を聞かない日はないくらい。
────きっかけは、テスト返しの行われたある日のこと。
先生の担当である数学のテストで、94点を取ったことがあった。
苦手だったけれど、一生懸命勉強した結果が出たのだと嬉しくて、つい顔を綻ばせるわたしに先生が声をかけてくれた。
『よく頑張ったな、日下』
いつもは何の色もない顔に、優しい微笑みが浮かんでいた。
初めて見る先生の笑顔だった。
びっくりした。
まさか、褒めてくれるなんて思わなくて。
それからわたしは先生を特別意識するようになって、気がついたら心を奪われていた。
けれど、分かっている。
生徒であるわたしが、先生を好きになっちゃいけないってことくらい。
(分かってる、けど……)
伝えたい。気づいて欲しい。
名前は書けないけれど、せめて想いだけは────。
「あれ、芽依ちゃん」
「あ、朝倉くん……!」
つい封筒を持つ手に力を込めたとき、ふいに戸枠のところからクラスメートの朝倉くんが顔を覗かせた。
突然のことに慌てて封筒を隠すと、鞄の中に突っ込んでおく。
幸い気づいていないのか、彼は普段通り親しげな笑顔をたたえて隣の席に腰を下ろした。
「まだ残ってたんだ。大変だね、日直」
「ううん、そんなこと……」
学級日誌というものも、先生との間接的な手紙みたいだから少しも苦にならない。
とても口にできないけれど。
「朝倉くんは帰らないの?」
「……あー、えっと」
歯切れの悪さに顔を上げると、背に隠していた何かを差し出してきた。
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