スイート×トキシック
『初恋』
心に穴が空いていた。
空洞を冷たい風が吹き抜ける。
いつしか染みついて離れなくなった感覚。
寂しい、という言葉じゃ足りないくらいの孤独感。
『また泣いてたのか』
『お兄ちゃん……』
階段に座り込んでいると、歩み寄ってきた兄が隣に腰を下ろす。
『大丈夫だ。俺がそばにいるから、もう泣くな』
ぐい、と伸ばした袖で涙を拭ってくれると、肩を回してそのまま抱き締めてくれた。
(あったかい……)
ほっとして、空いていた心の穴が満たされていく。
『もう寂しくないだろ』
────うっすらと目を開けると、いつの間にか滲んだ涙で光が散っていた。
血の染みたラグの上で眠ってしまっていたみたいだ。
落ちた花びらは日に日に褪せる一方なのに、血の色は濃くなっていく。
(そっか。またひとりぼっちになったんだった)
息をついて顔を覆うと、微かに手が震えていることに気がついた。
あの甘ったるい生活も、人を殺すことも、初めてじゃないのに何をこんなに動揺しているんだろう。
自分で手放したくせに。
スマホで時刻を確かめると、まだ朝の5時前だった。
重くてだるい身体を起こしてキッチンへ向かう。
グラスに水を注ぎ、一気に飲み干した。
「何か疲れちゃったなぁ……」
当たり前と言えば当たり前だ。
ここ数日、後処理に勤しんでいたのだから。
けれど、肉体的な疲労より精神的な疲労の方が強いように感じた。
(色々、やなこと思い出した)
────両親のことはほとんど記憶にない。
小さい頃から俺は、広くて綺麗な家でほとんど兄貴とふたり暮らしのようなものだった。
俺の面倒はずっと颯真が見てくれていた。
両親が愛しているのは仕事と金で、子どもには無関心。
離婚後、俺は父親に引き取られたものの、その性分はいまも変わっていない。
金が愛だと思っているのか、いつも大金が送られてくる。
それで我が子を慈しんでいるつもりなのだろう。
俺が高校生の分際で、これほど立派な家でひとり暮らしできているのは紛れもなく父親の金のお陰。
だけど、感謝なんてする気はない。
お金があったって、心の空洞は満たされない。
朝の支度と朝食を終えると、裁ちばさみとハンガーを手に監禁部屋へ向かう。
ものはそのまま残っているけれど、いまはもぬけの殻だ。
花びらの散らかるラグに腰を下ろすと、そこに置きっぱなしになっていた芽依の制服を手に取る。
「あー、汚しちゃってごめんね」
ブラウスもスカートもリボンも、彼女の血で染まっている。
既に変色して茶色っぽくなっていた。