スイート×トキシック
第2章 思惑

 また夜が明けて、日が暮れた。

 コンビニのサンドイッチではあるけれど、今日は久しぶりにご飯にありつくことができた。

 心の底から不本意で、いまだって割り切れたわけじゃないけれど、頭を下げて彼を受け入れたことで命が繋がった。

 ビニール袋と(から)になったペットボトルの回収に来た十和くんを、とっさに「ねぇ」と引き止める。

「お願いがあるんだけど……」

「ん? なーに?」

 彼は機嫌よさげに微笑みながら首を傾げる。
 わたしが大人しくしているから、油断しているにちがいない。

「お風呂、入っちゃだめ?」

 そろそろ不快感も限界に近かった。
 染みるだろうけれど、傷のためにも清潔にしていたい。

 それに、髪や身体を洗うには手錠をしたままでは無理だ。
 もしかすると、手足の拘束を両方とも解いてもらえるかもしれない────そんな淡い期待もあった。

「ん、いいよ」

「え……本当?」

 思いのほかあっさり許されて拍子抜けしてしまう。
 十和くんは楽しげに微笑んだ。

「うん、俺が洗ってあげるから」

 思わず眉根に力が込もる。

 開きかけた希望の扉が、一瞬にして閉まったような気がした。

「い、いい! 大丈夫」

「えー、そう? 残念だなぁ」

 強く拒むけれど、十和くんはくすくすと相変わらず楽しそうだ。

(見抜かれた、わけじゃないよね……?)

 本当は脱出を諦めていないことを。
 だからこそ、わたしが諦めるに足る提案をしたのかもしれない。

 ありえないと分かっていても、こうも何度も的確に機先(きせん)を制されては怖くなる。

「なんてね、冗談だよ。ゆっくり入っておいで」

「い、いいの?」

 何か耐えがたい交換条件でも続けられるのではないかと身構えたものの、十和くんはただ「うん」と頷いた。

「服はどうする? 洗っておこうか?」

 そう言われて、自分の身につけている制服を見下ろす。
 ところどころに滲んだ血が染みている。

 着替えたい気持ちもあったけれど、彼になんて安心して預けられない。

「う、ううん。大丈夫」

「そう? 遠慮しなくていいのにー」

 ぱちん、とはさみで結束バンドが断ち切られる。

「ついてきて。ちょうど沸いてるし、すぐ入れるよ」

 自分のために沸かしたのだろうけれど、わたしを優先してくれるとは思わなくて驚いてしまう。

 そろそろと立ち上がると、十和くんは何のためらいもなくドアを開けた。

「え……。目隠し、は?」

 思わず尋ねてから、はたと気がつく。
 いつの間にか、すっかりこの環境に慣れてしまっている。

 十和くんの押しつけてくる“不自由さ”が当たり前になりつつあった。

「いい子だね」

 ふ、と満足そうに微笑んだ彼に頭を撫でられる。
 戸惑って瞳が揺らいだ。

 その温もりにすら、最初ほどの抵抗感がなくなっていたから。
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