スイート×トキシック
第4章 秘密

「ただいま、芽依」

 ドアから顔を覗かせた十和くんに駆け寄る。

「おかえり」

 そう言って出迎えると、彼は後ろ手に隠していた何かを差し出した。

 ラッピングされた一輪の薔薇。
 ピンクだったり白だったり、ここのところ帰ってくるたびにわたしにくれる。

「ありがとう。綺麗だね」

「芽依に似合ってる。あ、ちょっと待って」

 一度部屋から出た十和くんは、花瓶を持って戻ってきた。
 そこにはあふれるほどの薔薇が活けられていた。

「芽依がここに来てから毎日1本ずつ増えていって、もうこんなに」

 ざっと数えて20本を超えるくらい。

 もうそんなに経ったんだ、という気持ちと、まだそのくらいだったんだ、という気持ちとが率直に半々だった。

 リボンをほどいて一輪足す彼を眺めていると、小さく笑みがこぼれる。

「十和くんって、意外とロマンチストだよね」

「そうかな。俺はただ、好きな人を幸せにしてあげたいだけだよ。そのためだったら何でもする」

 そう言った十和くんの瞳はどこか陶酔(とうすい)気味に見えて、その言葉は溶けない雪のように心に降って落ちた。



 ひとりになると、テーブルの上に飾られた薔薇を眺めた。
 だめになった分は買い直したのだろうけれど、綺麗に咲いていて目を奪われる。

 十和くんの言うような、ふたりだけの世界を彩る“幸せ”の象徴。

 はら、とふいに花びらがひとひら落ちた。
 わけもなく心がざわめいたとき、ドアをノックされる。

「芽依、開けるよ」

「あ、うん!」

 同じ屋根の下で暮らしているだけでも十分だけれど、こうして彼が部屋に来てくれることが何よりの楽しみになった。

 ほかの部屋を行き来することも一応できるものの、一度この部屋へ戻って鍵を閉められてしまうと、自由な出入りはできない。

 十和くんが学校へ行っている間は仕方ないとして、それ以外はなるべく一緒にいたいのだけれど、用もないのに頻繁(ひんぱん)に呼びつけてうっとうしがられたくない。

 寂しくても我慢しなきゃいけない。
 この幸せを守るために。

 この部屋でなら、ひとりぼっちでも平気だと思えた。
 至るところに十和くんの気配があるから。

 ────ドアを開けた彼は、なぜか帽子を手にしていた。
 黒色のキャップだ。

 何だろう、と首を傾げているとゆるく微笑まれる。

「おいで」

 言われるがままに立ち上がって歩み寄った。

「ちょっとだけ、一緒に外出ない?」

「えっ!?」

 想定外の言葉に、呼吸も思考も止まった。

(そんなことしていいの……?)

 世間的には、彼は誘拐犯でわたしは失踪中。
 もし警察やわたしの家族、知り合いに見られたらどうするつもりなんだろう。
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