逆プロポーズではじまる交際0日婚! 〜狙うのは脚本家としての成功とXXX

第30話

 海岸沿いの国道をしばらく走り、海に臨む駐車場に車を停めた。ドアを開けた瞬間、冷たい潮風が一気に車内に流れ込んだ。あたりはしんと静まり返り、規則正しい波の音だけが響いている。

──月のない夜だった。

「寒い?」

 蓮さんが尋ねた。

「コートを着てるから、大丈夫」

 彼は頷いて、街灯の下にあるベンチに腰を下ろすと、自分のコートを脱いで隣に広げた。

「どうぞ」

「いいよ、蓮さんのコートが汚れちゃう」

「せっかく薫がおしゃれして来てくれたのに、汚せないよ」

「──あはは、今日おしゃれしてるの、気づいてないと思ってた」

 笑いながら言うと、蓮さんは私の手を取って、自分のコートの上にそっと座らせた。

「気づいてないわけないよ。……言葉が出なかっただけだ。きれいで」

 最後の一言は、潮風にかき消されそうなほど小さかった。思わず蓮さんを見つめると、彼は耳まで赤くなって、そっと視線を外した。

 しばらくのあいだ、私たちは黙って座っていた。潮風に髪が揺れ、波だけが、世界のすべての音のように感じられた。

 沈黙を破ったのは私の方だった。

「……蓮さんのお母さん、とっても素敵な人だった」

 私がそう言うと、蓮さんは静かに息を吐いた。

「薫、聞いてほしいことがあるんだ。──母のことで」
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