本当の愛を知るまでは
カフェの男の子
翌朝。
7時過ぎにオフィスビルに着いた花純は、ひと気のないロビーを横切って中層階エレベーターに向かう。

すると、スラリとスタイルの良い男性がエレベーターホールに佇んでいるのが見えた。
花純が近づくと、男性が振り返る。

「あれ? 森川さん」
「上条社長!」
「おはようございます。今日も早いですね」
「おはようございます。昨日はありがとうございました。ん? 高層階エレベーターそちら側でしたか? それなら私も……」

隣のエレベーターを呼ぼうとすると、光星がスッと手を伸ばした。

「いえ、森川さんはあちら側で合ってますよ。私は低層階エレベーターで5階のカフェに行くので」
「あっ、そうでしたか。いいですね、朝からカフェって。確かベーコンチーズパニーニが絶品なんですよね?」
「ええ、そうです」
「私も今度食べてみますね。それでは、お先に失礼します」

中層階エレベーターに乗り込んでお辞儀をすると、光星は微笑んで花純を見送った。

39階で降り、花純は誰もいないオフィスでパソコンを立ち上げる。
空気清浄機のスイッチを入れ、コーヒーでも飲もうとポットのお湯を沸かしていると、コンコンとドアがノックされた。
振り返ると、黒いエプロン姿の若い男の子がガラスの向こうに見える、

「はい、何かご用ですか?」

花純がドアを開けて声をかけると、男の子は手に持ったメモを見ながら話し出した。

「えっと、この度はオフィスの新設おめでとうございます。ご挨拶がてら、5階のカフェのおすすめメニューのベーコンチーズパニーニとコーヒーをお持ちしました。よろしければご賞味ください」
「え、いいんですか? ありがとうございます!」
「それじゃあ」

男の子は花純に紙袋を手渡すとぺこりと頭を下げ、踵を返してタタッと去って行った。

「わあ、嬉しい! 早速いただこう」

デスクで熱々のパニーニを頬張ると、花純は美味しさに思わず頬を緩める。
とろけたチーズとカリカリのベーコンが、こんがり焼いたパニーニにたっぷり挟んであった。

ぺろりと平らげ、コーヒーを飲みながら、ようやく何か変だと気づく。
なぜ、こんな朝早くに一人だけ出社しているのが分かった?
メモを読んでいた男の子は、誰かに頼まれた様子だったけれど、店長のお使い?
いや、違う。
ベーコンチーズパニーニを差し入れてくれた、となれば、思い浮かぶのは一人しかいない。

(上条社長……。またこんなに気遣ってくれるなんて)

今度会ったら何かお返しがしたいと思いながら、花純は朝から幸せな気分に浸っていた。
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