それは麻薬のような愛だった
終章
都内のオフィスビルの一角に聳え立つ大手法律事務所の法務部のフロアでは、今日も変わらず気難しい顔をした面々が仕事を進めている。
その職場で数年パラリーガルとして勤める輿水礼も、漏れなくその一人であった。資料と睨み合いをしていた輿水は唐突に上司に呼ばれて顔を上げる。
「輿水、今いいか」
「えっ…あ、はい。勿論です」
返事をしながら、そういえば以前にもこうして話しかけられたなと記憶を振り返る。
輿水の勤める職場には、パーフェクトな男がいる。
中途で入った日本を代表する法律事務所は以前の会社と違い定時に上がれる上、休日出勤を強要もされることもなく、福利厚生も充実しており待遇も良く満足している。
そして、そこで輿水が出会ったその男はこんな人間が現実に居るのかと思うほどに何もかもが揃った男だった。
切れ長の瞳と高い鼻筋に加え、どこか雄々しさを残しつつも美しい顔立ち、そして長い手足の抜群のプロポーション。
時折シャツの袖から除き見える肌は綺麗に筋肉がついており、その均整のとれた体付きはそこかしこから色気を放出している。
更に仕事においても非常に優秀で、入社間も無い頃から何件もの案件を任され遂には先日、アメリカのカリフォルニア州での弁護士資格も取得して戻ってきた。その敏腕さから、若干32歳にして既に引き抜きや独立の噂が後を絶たない。
当然そんな男がモテない訳もなく、女性社員からは毎日熱い視線を送られているが本人は何処吹く風といわんばかりに華麗にスルーしている。
これまでも散々モテてきたのだろう。転職してすぐ天城のパラリーガルとしてついた頃から輿水はそう思っていた。
もちろんそんな天城伊澄という男を形造る何もかもが蠱惑的で世の女性達を魅了しているのだが、輿水が天城に強く興味を引かれた部分はそれとは別に存在していた。