石楠花みどりはあえて男を作らない~スパダリ編集者は愛しの作家に身を捧げすぎる~
第十章 男を知った女流作家(ピュアレディ)


会見の日の夕方、私は勇さんの自宅に戻った。

彼は私を送り届けるなり、慌ただしく出社する。これから夜通し打ち合わせがあるそうだ。会見の内容を受けて編集部内外と今後の方針を話し合うのだろう。

帰ってきたのは翌日の十九時だった。キッチンにいた私は扉の開く音を耳にして「おかえりなさい」と玄関に駆けつける。

「ただいま――って、その格好」

エプロン姿の私に驚く彼。すんすんと鼻を鳴らし、「この香り、もしかしてカレー?」と目を瞬く。

「夕食、作ってみたんですが……」

おずおずと伝えると、彼は驚いた顔でこちらにやってきて私を抱き寄せた。

「ありがとう、すごく嬉しい」

突然の抱擁にどきりとして「いえ……」と彼の腕の中で狼狽する。

「あの、でも、もし徹夜明けで疲れているようでしたら、無理をしないで眠ってくださいね? カレーは明日でも食べられますから」

「仮眠を取ったから大丈夫。翠さんこそ無理はしなくていいんだよ? 家事より仕事優先で、俺は全然かまわないから」

「無理をして料理したわけじゃないんです。ちょっといろいろ気になって、原稿に集中できなかったから」

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