大嫌いなパイロットとのお見合いはお断りしたはずですが
エピローグ
 六月の終わり、梅雨と台風の合間を縫うようにして現れた晴れ間に、美空は目を細めた。
 羽田空港の第一ターミナル、出発ロビー内に設けられたバージンロードを、父親と歩く。
 たっぷりとしたシフォンの上にチュールを重ねたウェディングドレスの裾が、美空が一歩進むたびに羽のようにふわりと揺れた。
 出発ゲートの手前には、パイロット姿の朋也が待っている。美空を見つめる目は、やわらかな愛情に満ちていた。

 この場所で結婚式ができるなんて、美空は知らなかった。空港専門に展開するウェディング会社のプランナーに提案されたとき、朋也とその場で同意したのだ。ここしかないと思った。
 当然ではあるが、空港が貸し切りになるわけではない。美空たちがバージンロードを歩く両側こそゲストが並ぶものの、搭乗予定の乗客にも見守られている。ありがたいことに、誰もがこの光景を楽しんでくれていた。
 ゲストの中には、ひと月前に顔合わせしたばかりの朋也の弟である和希(かずき)の姿もある。朋也に似て長身でととのった顔立ちだが、子犬のように人懐こい性格が印象的だった。
 今でも、顔合わせの瞬間は忘れられない。

『――屋上デッキで会いましたよね。パイロットは空と地上にふたりいるんだって……覚えてます?』
『うそ、あのときの……!?』

 和希が、美空にディスパッチャーの道を示してくれた少年だったのだ。

『美空さんもパイロットになったんですね。いつかオーロラ見学ツアーを組んでくれるって、兄から聞きました。楽しみにしていますね』

 彼の言うツアーがフライトプランを指すのだと気づいて、面映い気持ちになったのを覚えている。
 オーロラ自体はすでに観たと聞いていたが、やはり朋也が乗務する機体で観たいと和希は言った。
 和希がくれたひと言で今の美空がある。その美空が朋也とともにいつか和希の夢を叶える。想像した瞬間に抱いた感情は、とうてい言葉では言い表せないものだった。

 ガラス窓の向こうに、駐機中の飛行機が見える。
 思えば、朋也と出会ったのもここだった。あのときは、朋也の態度に腹が立つと同時に苦しかった。
 それが今は、朋也のそばにいると胸が高鳴ると同時にどこよりも心地いい。

「朋也くん、美空を頼んだよ」
「はい。世界一、幸せにします」

 すでに半泣きの状態の父の手から、朋也の隣へ。人前式なので、神父ではなく列席者の前で結婚を誓う。
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