大嫌いなパイロットとのお見合いはお断りしたはずですが
二章 こじらせ運航支援者
 指先に、焼香の匂いがまだ残っている。
 高校の制服であるグレーのプリーツスカートの裾に指を擦りつけかけ、美空ははっと手を離した。
 目の前では、父が母の墓前で手を合わせている。
 母の三回忌の法要は、拍子抜けするほどあっけなく終わった。
 父と、ひとり娘の美空。それから母方の祖父母に叔父。列席者はそれだけだ。遅くに父を産んだという父方の祖父母は、どちらもすでに鬼籍に入っている。
 法要後の食事もつつがなく終わり、美空は父とふたりで母の墓参りに来ていた。
 黒光りする御影石に、母の好きだった紫陽花を飾る。湿気をはらんだ薄曇りの空に、淡い紫色の花はしっくりと馴染んだ。

(はるか)。美空はこの春、高校一年生になったよ。制服が似合うだろう。時間の速さに驚くばかりだ」

 父が母に話しかける横で、美空も屈んで手を合わせる。

(ママ、わたし……もうこれ以上は、身長が伸びない)

 入学してすぐに受けた身体検査の結果は、身長153.2センチだった。去年と5ミリも変わらない。
 あと五センチ弱。
 たったそれだけあれば、なんとかなった。パイロットになるための専門課程が用意されている航空大学校の応募要件は、身長158センチ以上であることだ。つまりはそこが、パイロットとして働くための最低限のライン。

(ずっと応援してくれたのに、ごめんね)

 夢を打ち明けたときの母の嬉しそうな顔を思い出すと、鼻の奥がつんとした。
 女性には無理、せめてCAのほうがまだ現実的だと担任にも友人にも嗤われたが、母はひと言も馬鹿にしなかった。

『美空ならぜったいになれるわ、パパの娘だもの。パパと美空が飛ばす飛行機に乗る日を、ママは楽しみにしてる――』
< 29 / 143 >

この作品をシェア

pagetop