両親と妹はできそこないの私を捨てました【菱水シリーズ①】
2 魔法
いつの間にか激しく降っていた雨は和らぎ、雨音が小さい。
そんな雨に似た緩やかで静かな曲。
彼が弾いている曲はサティのジムノペディだと気づいた。
水面に波紋が広がるようなよく響く音。
音は雨を含んだ空気の中に溶けた。
流れる曲は優しく穏やかで―――さっきまで激しく波立っていた心は落ち着き、膝の上に手をのせたまま、彼の演奏を聴き入っていた。
最後の一音が鳴り終わる時、彼はゆっくりと鍵盤から指を離し、音の余韻を楽しむように目を閉じていた。
それは私も同じで無音のはずなのにまだ音が鳴り響いているような感覚がして、いつ曲が終わったのかわからなかった。
「気に入ってくれた?」
演奏が完全に終わったと気づいたのは彼が口を開いた時だった。
「……あなたはピアニストですか?」
「そんな肩書はいいから、俺の演奏がどうだったか教えてよ」
「素晴らしかった……です。雨に似ていて」
「そうか。うん、ありがとう」
私の率直な感想を聞いた彼は嬉しそうに微笑んだ。
そして私に向き直り、その透き通るような瞳を細めた。