両親と妹はできそこないの私を捨てました【菱水シリーズ①】

22 決断

舞台上から知久さんと逢生さんが拍手で迎えてくれる。
それにつられて会場から拍手が起こった。
一歩ずつピアノに近づくたびに記憶がよみがえる。
暗い闇の記憶が引き戻そうとする―――私を繰り返し苦しめてきた記憶が。
けれど、それ以上の光がここにはある。
唯冬がいる。

「おかえり」

「唯冬……」

「千愛。俺の夢を叶えてくれる?」

共演すること。

失敗したら?そう思ったけれど、唯冬は失敗する気なんて一ミリもないようだった。
向かい合わせになりピアノに座る。
明るいスポットライト、暗い客席。
コンクールで何度も見たけれど、それとは違う空気。

「楽しんで」

逢生さんは笑った。
鍵盤に指をのせると指先に冷たい感触が伝わる。
緊張している。
自分の心臓の音が聴こえてきそうだった。
その心臓の音を聴きながら、目を細めて指をあげた。
さあ、私にひれ伏し、従いなさいと命じる。
それが私とピアノの以前の関係だった。
けれど、今は違う。
共にこの場を支配する仲間―――相棒として戦う。
私からのスタート、走り出す音がホールに響き渡り、肌が粟立つ。
曲はラフマニノフのタランテラ。
毒蜘蛛タランチュラを意味する。
失意のラフマニノフが作曲した曲で民族舞踏をベースにしている。
そのためスピードが速い。
お互いのテンポを合わせないと曲が狂ってしまう。
< 154 / 227 >

この作品をシェア

pagetop