両親と妹はできそこないの私を捨てました【菱水シリーズ①】
25 サイン
「今までありがとうございました」
自分がピアノのために会社を辞めることになるとは思わなかった。
大学を卒業し、働いてきた会社だったけど、今日で最後。
『コンクールに出場するなら一緒に頑張ろう』
唯冬はそう言ってくれた。
その言葉だけでも十分すぎるくらい。
何度もコンクールに出場してきたけれど、両親は一度も一緒にとは言わなかった。
しっかりやりなさいだけ。
そんなものなのだろうけど、やっぱり心細いときもあった。
今は違う。
指輪を見た。
誰かがいることが、こんなに心強いものなのだと知った。
「音大の受験か」
退職理由をきいた人事部長はなるほどとうなずいた。
今日もわざわざ最後の日と聞いて顔を見にきてくれた。
「菱水音大の受験か。応援しているよ」
「はい。ありがとうございます」
受験を決めた私は会社に退職届を出した。
すぐに辞めれないだろうなと思っていると、そんなことはなかった。
退職届を提出すると人事部長は訳知り顔でうんうんとうなずき、受け取ってくれた。
こんなあっさり?