両親と妹はできそこないの私を捨てました【菱水シリーズ①】

8 激しさ



唯冬は私を連れて、カフェ『音の葉』を出ると店の前にとまっていた車の窓ガラスをノックした。
中には男の人が座っていて、まるっこいメガネをかけていて、分厚いスケジュール帳にせっせとなにかを書き込んでいるのが見える。
ノックされ、顔をあげてこちらを見た瞬間、驚きすぎて顔を車の窓ガラスにぶつけ、痛そうに鼻をさすってた。

「いたたたっ……って、あれっ……雪元千愛さん!?本物ですか!?」

ずり落ちそうなメガネを直しながら、さっと車の外に出るとドアを開けてくれた。

「ど、どうぞ!」

「どうしてお前が緊張してるんだ。宰田。これから知久が演奏しているコンサートホールに行ってくれ」

「知久さんの?今からだとラストの曲にしか間に合いませんよ。しかも、途中からなんて……」

「どうせ俺と逢生の席はドア近くにしてあるだろ?こないと思ってるからな」

「そうですよ。一瞬でも顔を出したら、ラッキーくらいなものです」

「一曲でもいいから。急いでくれ」

コンサートホールにはピアノをやめてから一度も行ってない。
私は完全に音楽から離れてしまっていた。
誰の演奏を聴かせようというのだろう。

「あの、私……」

断ろうとした私にチケットを見せた。

「チケットはある」

「途中から入れるんですか?」

「無理なら関係者で通す」

そんな無茶苦茶なと思っていると宰田さんが交渉してくれて、中に入ることができた。
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