両親と妹はできそこないの私を捨てました【菱水シリーズ①】

10 目覚めを君に


私を呼ぶ声がする。
耳元で優しく名前を呼んでいる。
まるで慈しむように。
そんな声で名前を呼ばれたことがない。
だから、きっとこれは夢。

「#千愛__ちさ__#、そろそろ起きないと仕事だろ?」

「う……う、ん」
ごろんと寝返りを打つと ぼすっとかたい胸にぶつかった。
えっ―――?む、胸?
ぼうっとした頭で目をあけ、ぺたぺたと手で触ると頭の上でくすっと笑う声が聴こえた。

「朝から積極的だな。会社休む?」

「え……?」

腕枕をしたまま、にっこり微笑む唯冬の顔があり、一気に覚醒した。

「なにしてるのよっ!」

「なにって腕枕。昨日、のぞいたら床で寝ていたから、そのままだと体が痛いかと思って俺が気を利かせてあげただけ」

毛布にくるまり、ピアノのそばで二人で眠っていた。
お、落ち着くのよ。
昨日、夕飯を食べた後も弾いていいって言われたから、つい夢中になって弾いちゃって……
結論、眠ってしまった。
思い出した―――なんて馬鹿なの。

「起こしてくれたらよかったのに……」

「起こさない優しさだよ」

さらりと指が髪をすいた。
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