両親と妹はできそこないの私を捨てました【菱水シリーズ①】

12 あなたのために


唯冬(ゆいと)が現れたことで状況は一変した。

店員さんもお客さんも視線は唯冬にだけ向けられて、その存在感を見せつけていた。
さっきまで強気だった結朱(ゆじゅ)さんは見るからに動揺していて顔色が悪い。

「俺が千愛(ちさ)の代わりに弾く。それでいいだろう?」

スーツの上着を脱ぎ、私の肩にかけた。
な、なぜ?と思ったけれど唯冬はまったく気にしていない。
虹亜や結朱さんが動揺しているのだけはわかった。
シャツの腕をまくり、椅子に座るとポーンと軽い音を響かせた。
優しい目をして私を見つめて言った。

「千愛。食べさせて。甘いのを」

甘いもの―――そう言われて思いつくのは一つだけ。
砂糖菓子を食べさせるの?私が?
バッグから携帯用の小さな銀の缶を取り出した。
白い砂糖菓子を手にして、緊張気味に口に近づけ、触れるか触れないかのギリギリでなんとか口に入れる。
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