失恋相手と今日からニセモノ夫婦はじめます~愛なき結婚をした警視正に実は溺愛されていました~
プロローグ
 十年ぶりに再会した彼は、学生の頃とは違って高級そうなスーツを身にまとっていた。背の高い彼によく似合っていて、そこにいるだけで場の空気を変える。

 笑顔も愛想もなく、なにもかもを見透かすような眼差し。どこにも隙がなくて、つくづく別世界の人間だと感じる。

 その瞳に、また私を映す日が来るなんて思いもしなかった。

 でも彼から視線を向けられると、つい目を逸らしたくなる。こちらのすべてを暴かれそうな気がするから。

 現に彼は、トップの成績で警察庁に入庁し、順調にキャリアを積んでいる優秀な警察官だ。今は警視正の立場にいるらしい。

 全部伝聞の情報なのは、私たちの縁がとっくに切れていたから。

 好きで切ったわけじゃない。でも、彼の本音を知ってしまった。

 会いたくなかった。彼は平気で人を傷つける。自分が彼にとってどういう存在だったのか、嫌と言うほど思い知らされた。

 踏みにじられた想いがずっと抜けない棘になって残っている。

 それを隠して、この場限りの再会で終わらせるつもりだった。

 それなのに――。

未可子(みかこ)

 わずかに掠れた低い声で名前を呼ばれ、反射的に肩が震えた。

 その声に乗せられた感情はわからない。けれど、私を見下ろしている彼の表情は、再会したときには想像もできないほどの言い知れない色気を孕んでいる。

「やっ……」

 首筋に顔をうずめられ、ざらついた舌が皮膚の上を滑り、声にならない悲鳴が漏れそうになる。そんな私の反応を楽しむかのように、彼は時折唇も使って、私の肌を懐柔していく。その間、彼の手は私の胸に伸ばされ、優しくでも焦らすように触れていた。

「や、だ……あっ」

 羞恥と快感で息が詰まりそうだ。与えられる刺激に、触れられていない下腹部に熱がこもっていく。

「いやじゃないだろ、本当は」

 彼は意地悪そうに呟いた。その通りで、彼に触れられて嫌な気持ちなどひとつもない。むしろ、もっとしてほしいと本当は願っている。だって彼は私の初恋の相手で、ずっと忘れられなかった相手だ。

 でも、それを口にしていいのかはわからない。

『俺と結婚するか?』

 冗談としか思えなかったのに、私の左手の薬指と彼の左手の薬指には、同じデザインの指輪がはめられている。

 結婚したからには、夫婦として努力すると決めた。彼を信じている。

 でも――。

 彼の心まで欲しいと思ってしまうのは、贅沢なんだ。
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