孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない

冷徹弁護士と無垢な心

「ねえ、紬(つむぎ)ってさ、彼氏とかいないの?」
唐突に聞いてきたのは、同じ事故対応課の同期、松井あかりだった。

今日のランチは近くのイタリアン。
サラダとパスタを前に、にこにことあかりがこちらを覗き込んでくる。

「え? 彼氏?」
紬はフォークを止め、少しだけ目を泳がせた。
「うん、ほら。いつも忙しそうだし、そういう話聞いたことないなって思って」

「……うん、生まれてからできたことない」
さらりと答えると、あかりの目がまんまるになった。

「え、ちょ、ちょっと待って。なにそれ、リアル童話じゃん! まじで!?」

紬は肩をすくめるように笑って、パスタの端をくるくる巻く。

「ほんとだよ。手、繋いだこともないし……キスなんて、もちろんないし。男の人に触られたのなんて、病院で採血されたときと、歯医者くらいかも」

「ぶっ……!」
あかりが盛大にアイスティーを吹いた。
「まじ!? それ、逆にすごいって! 絶滅危惧種だよ紬!」

「そんな言い方ある?」
唇をとがらせながらも、紬もつられて笑う。
けれど、その笑顔の奥には、小さな影が潜んでいた。
(本当は……できるなら普通に恋とか、してみたいんだけどな)
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